謳歌 | ナノ

「…って言われたんだけど、どうなの?ねえ、どうなのコレなんだと思う?コレ」
「俺の知った事ではない。蓮二がそうだと言うのであればそうなのでは無いか?俺達も同じように聞いたが蓮二も色恋沙汰とはたるんどる」
「いや高校生なんだし青春くらいさせてあげなよってそこじゃなくてさ。なんで柳は私に謝って来たと思う?怖くない?なんか怖くない?」
「名字、お前は一体蓮二の何に怯えているというのだ?」
「存在」

柳から貰ったシンプルで上品な紙袋をぶらぶらと揺らして見せながらぴしゃりと言い放つと流石の真田も降参なのかそれ以降声を上げる事をしなくなった。本日のテニス部はミーティングのみでの解散。帰り際の真田を取っ捕まえて屋上にやってきたはいいものの真田で無い誰かにするべきだったと激しく後悔した。真田は考え方が古すぎて話にならない。屋上から校庭で部活動を行う運動部の様子を眺めながら溜め息を吐くと同時に真田の折り畳み式の携帯電話の着信ベルが鳴った。放課後だからマナーモード解除したのか?なんてどうでもいいことを思った。それ着信音1だよね?とは突っ込まない。着信先なんて興味はなくて、ただ耳で聞き流しながら朝の柳の事を考えた。柳曰く、あまりにもマネージャー業を怠っている雨宮さんに注意喚起をしたところスコアの付け方が分からないと言われたので教え、帰ると部室を出る際に有り難うと言って腕をとられたとか、なんとか。しかしその言い訳を私にする意味が分からない。そんなに雨宮さんと噂になるのが嫌なのだろうか。まあ私なら嫌だけど。嫌な思いをさせた上に先に帰らせてしまってすまなかったとまさか頭を下げられるとは思っていなくて普通に気にしないで、なんてつまらない解答をしてしまった。しかも更に問題なのは今度埋め合わせをすると言う柳に乗せられ週末の夕方、彼の部活の後に会う約束をしてしまったという事である。勢いとは怖いもので、彼が教室に戻り私も自分のクラスで朝のショートホームルームを聞いている時に事の重大さに気付いた。

「まじ無いわ自分」
「名字、今から帰るのであれば共に帰らないか?と幸村が言っているのだが」

真田の電話の相手はどうやら彼の友達らしい。携帯のマイク部分を律儀に手で押さえ私に尋ねる真田はサラリーマンにしか見えない。そんな事よりも真田が携帯電話を使っている事自体不思議で仕方が無いのだがその幸村という名前に私はなんとなく聞き覚えがあった。途端感じた寒気と、決して忘れてはいけない何かを忘れてしまったが為に絶望への階段を上っているような感覚が私を襲う。しかし残念ながら私は幸村という人物が誰だったのか思い出す事が出来ない。考えれば考えるほど胃がムカムカし思い出せそうなのに思い出せないむず痒さが私の眉間の皺を一層に寄せさせる。首をかしげたまま真田から目を離し校庭にもう一度目をやると丁度野球部員が勢い余ってずざざざっと転んでいるところを目撃してしまった。スライディングにしてはあまりにも不格好なそれを見ればいつもなら声を上げて笑う筈なのに今の私はそれすらも出来ない。幸村幸村幸村幸村幸村幸村幸村幸村幸…

「幸村ってだれだっ「やあ、二度と忘れないでと言ったのにものの2、3日で忘れてしまうなんて鶏以下の頭脳を持ち合わせているみたいだね。俺はちゃんと名字さんの事、覚えているのにさ」

結局思い出せずに真田に尋ねようと振り向いたと同時に屋上のドアが開く音が聞こえた。私の声は聞き覚えのある声と被り真田にその答えを聞くことこそ叶わなかったものの、直ぐに知ることになったその正体に私は全身を震わせた。私は柳の件に気を取られ、どうやら一番恐怖すべき対象を見失っていたらしい。花が咲いたように綺麗な笑みを浮かべながら一歩、また一歩と私に近づいてくるその人物は真田が答えないから来ちゃったよ、なんて無邪気に言葉を弾ませるもその人物が言葉を発する度、どんどん私の心は沈んでいった。これからどんな言葉を以て謝罪をすれば許しを得られるだろうか。

「ゆ、きむらくん…やだなあ、覚えているに決まっているじゃあないか」
「ふふ、だよね?忘れるわけないよね?名前を知ってるって事は俺達友達なんだし一緒に帰れるよね?」

横暴だ強制だ独裁だ。しかし私に断る術はなくただ一身に頷き結局柳の事について何も分からないまま彼らと共に屋上を後にした。玄関まで行くと赤い髪のブタと銀髪の不良と柳が下駄箱に異空間を築きながら私達を待っているのに気付き本当に、心から帰りたいと思った。その先でハゲとリサが手を繋いで帰るのが見えたのでこれ程までに人の恋路を邪魔したくなる日は無いだろうと気付かれないように舌打ちをした
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