謳歌 | ナノ

「キャアアア!跡部様ぁあああ!!」
「素敵ィイイイ!」
「こっち向いてぇええ!」

おっと場所を間違えた。ここはアイドルのコンサート会場か。なんていう展開をお望みですか?いやいや人生はそんなに甘くありません。ここは我らが立海大附属敷地内のテニスコート前。聞いたこともない奇声に耳を痛くしながら群がる女子生徒の中をくぐって見た先にいたのは泣きボクロが目につく灰色っぽい頭のヒョウテイ学園テニス部員。名前はアトベと言うらしいのだがとにかくそのアトベという人物への応援が半端でない。どこぞのサニーズみたいな歌って踊れるアイドルなんかよりは確かに有能で出来る奴なんだろうがとにかくすごい。ひとりの男子生徒ごときにここまで来るというこの女子生徒達も勿論すごいが何よりこの男子生徒の迫力に驚きを隠せないでいる。呆気に取られ口をOの字に開けているとパシャリという携帯カメラ撮影ボタンが押された音がした。慌てて口を閉じても時既に遅し、先に練習試合を終えた女テニが総勢で試合を見に来ていたのだがその中心人物、つまるところの部長である裕香ちゃんがによによしながら私のアホ面データをここにいないうちのクラスの子達に一斉送信していた。駄目だ、ここで声をあげたらそのアトベとかいう奴を応援しにきているヒョウテイ学園の女子達に睨まれる。というわけで無言で裕香ちゃんの肩を思いきり叩き再びコートに目を向けた。ホームなのに絶賛アウェイ、本当に早く帰りたい。しかし私の願いは届かず暫くアトベコールは続いていた

「勝者は、俺だ」

パチンッ、なんて格好良く指を鳴らし歓声を煽るその男子生徒はカリスマ性がある、というかとにかくうちの学校では見たことの無いタイプの人種だった。誰かが流石200人の頂点とか言っていたが確かに、人を引き付ける魅力があるのだと思う。それに、実力だってそれに見合っている筈。何故ならたった今始まった試合で対戦相手である立海の部長と当たり前にラリーを続けているからである。五感を奪って世界征服をしようとしている立海テニス部部長とやりあうんだから、やはり実力もそれ相応なのだろう。口だけじゃない、というのは凄いし認めようと思う。なんていう私は別になんでもない観客1なわけで、そんな事よりも私は未だ試合に出てこない柳が一体どんな試合をするのか気になっていた。特別ルール、なんて言い出したヒョウテイ学園部長のせいで試合はシングル1からのスタート。まあ勝っても負けても全試合するらしいから私はどうでもいいのだけれどリサはくっそキザ野郎と悪態を吐いていた。

「俺の試合はこの後だ」
「おっと柳、なんだアップしなくていいの?」
「もう終わった。それよりお前に頼みたい事があるのだが」
「これ以上何を?ここに来ただけでも誉めて下さいよお兄さん」
「そう言うな」

また困ったような顔をする柳の頼みをなんとなく断れないという事をきっとこの男は知ってて言っているんだ。ゲームカウントが6-6になりタイブレイクに突入した部長同士の最初からクライマックス的な試合にうんざりし水道のある方まで散歩しに来たら水分補給をする柳を発見したので飲みかけのポカリを上げたら全て飲み干された。マネージャーが作るドリンクならいくらでもあるだろうにと溜め息をつきながらすっかり軽くなってしまった缶を手に向こうの方でキョロキョロしている雨宮さんに目をやった。スコア取らなくていいのかなとも思ったが私が口を出す事でもないしきっとリサがしているだろうから何も言わない。再び柳の方に目を向けた時には既に水道の水を止めた柳が私にストップウォッチを差し出していた。

「これで何をしろと?」
「時間だ」
「は、時間?」
「俺の試合時間を測ってくれ。終わったら取りに行く」
「マネージャーがしてんじゃないの?」
「菊地リサは忙しい。1年2年のマネージャー達は普段のメニューをこなしている部員のためそちらに行っている」
「雨宮さんいるじゃん」

あいつは、と何かを言い掛けて柳は言葉をやめた。その噂の雨宮さんが小走りで可愛らしく柳を呼びに来たからである。どうやら終わらないタイブレイクに痺れを切らせたどちらかが勝負はお預けなんて事にしたらしい。珍しい、なんて柳は言うが私は何がどう珍しいのかさっぱり分からなかった。お互い最後まで試合をしたかったらしいのだが時間には限りがあるのだという柳の簡単な説明のお陰でなんとか状況を理解した私がちらりと雨宮さんに目をやると彼女は私の方には目もくれずに柳をじいと見やっていた。可愛い顔してるなあ、なんて呑気な事を考えていたら柳が頼んだぞ、と私の頭をノートで叩いた。ついでにと渡された緑色のノートとストップウォッチを私に託した柳は服の裾を引っ張る雨宮さんに引かれてコートの方へと行ってしまった。去り際物凄く雨宮さんに睨まれたような気がしたのはきっと気のせいだろう
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