短編tns | ナノ


永久  


「さい、あく…」

ドレスで会場を飛び出すなんて、馬鹿にも程がある。とりあえず村田さんに謝罪の電話を入れると今から行こうかと聞かれたが生憎今は汚いおっさんの相手を出来る程の余裕も気持ちも無かったから大丈夫だと断り夜道をタクシーにも乗らずにふらふらと歩いた。目から流れる涙のせいか、走って流れた汗のせいか、私の顔は落ち掛けた化粧のせいでぐちゃぐちゃに歪んでいるのだろう。いつもは私を引き留めるキャッチも話し掛けてこようとするチンピラもいない。着飾っていない、沢山の中のひとりに埋もれる私を必要としてくれるひとなんて存在しない。分かって、いたのに。だからそのために、特別で有り続けるために、これまでずっと頑張ってきたのに。

きっと私は柳の婚約を知って、悲しくて、悔しくて、こんなに努力しても届かない何かがあることに絶望したんだと思う。世間がずるくて、なんの努力も無しに柳の隣を奪っていく婚約者という存在が憎くて、だから私はその悲しみを隠すために、柳を見返してやるために私はそれからも努力を続けたんだ。スリルがある人生が欲しかったわけでもない、見知らぬ世界を垣間見る事が快楽なんかではない。そうだと思い込むことによって私の努力に理由と結果をつけてきたのだ。そうでなくちゃ報われないと、自分が一番自分に同情しているんだ

「馬鹿じゃん」
「そんな事は無い」

もうすぐ自宅が見える、というところで不意に何者かに体のバランスを崩されてしまった。手を強く引かれたせいで意識を向けていなかった私は簡単に後ろに倒れるようにして体勢を傾けた。転ぶ、なんていう心配は不思議と無くて、ただ聞こえてきた安定した低音と同時に全身に感じた温もりに目から止まった筈の涙がどっと溢れた。やっぱり私は愚かだ。嫌いだと、飛び出した相手の体温を体がこんなにも欲しているという事実を認めたくて力一杯振り解こうと抵抗して見せるも体格や力の差は歴然。なんとも無様な格好で、私は道端で声を上げて泣いた。あの時何故、婚約者がいたと言ってくれなかったのか、否、いても尚何故、私にキスなんてしたのか、なんて今私を後ろから抱き抱えて離さない相手を責め立てたいのに口が開かない。無理に開こうと思う私の口からはただ、嗚咽だけが漏れた。むせび泣く、なんて格好良く泣くことなんて出来ずに私はただ声を上げた。

「俺は、今も昔も名字、お前だけを愛している」

そう言い無理に私を向き直らせた柳は、私よりもずっと綺麗に、目尻から涙を溢れさせていた。柳の唇がぐちゃぐちゃになった私の目許、鼻先、口許、そして唇を這う。その柔らかさと優しさに甘えてしまいそうになる。今ここで私もだと同意をしてしまえば私は楽になれるのだろうか。もう見栄を張って生きていかなくても良いのだろうか。

しかし、口から出かけた私の本音はそれが空気に触れる前に肺へと逆戻りした。私を抱き締める指に填められた指輪は、今も尚私への敗北を伝えている。柳がその指輪を外さない限り、私はいくら世間から勝ち組だと言われても、永遠に負け続けるのだ

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