短編tns | ナノ


忘却  


あまったれた人生を望んでいてはこの先生きていける気が全くしなかった。スリルが欲しいというわけじゃあないのだけれど、ひとと似たような人生を同じように歩いていくだけでは無個性とでも言えば納得して頂けるだろうか。私はそんな埋もれた人生は嫌だった。だから高校から大学まで本気で勉強をしてキャリアになった。そうして見たこともない世界に初めは浮かれ躍り優越感に浸った生活を送ることに成功した私だったのだけれど少し経ってから、直ぐに私はその虚しさに気付いてしまった。このキャリアの集まる集合体の中での私はあくまでキャリアという枠にくくられたそれを司る1に過ぎないのだと。いくら省庁に就職して出世コースだと周りにはやしたてられても、その出世コースを行く何千人の中のひとり。なんてつまらない人生を選択してしまったのかと私は激しく後悔をした。つまらない人生つまらない毎日つまらない、私。だからもっともっと択一した、オンリー1というものになってみたいという欲望が私を少しずつ蝕んでいった。最初は上司から、そしてトップへと私は関係を築くことにしたのだ。生きる世界の違う人間の生活を垣間見ることは私にとってこの上無い快楽のようなもので毎日別の世界へとトリップをしている気になった。昔の私なら招待を受けることも、その存在を知ることさえ無かったであろうパーティーへだって常連のように出席出来る。だから好きでもない20も離れた上司と腕を組んで私は今日もパーティーへと赴く。

「おや、名前ちゃん、また可愛くなったんじゃないかい?」
「ふふ嬉しい限りです林会長。会長こそ、そのしたたかさに磨きが掛かったように思えますけど」
「食えない子だね全く君は、さしずめ今回の海外事業の件について聞いたんだろう?」
「勿論、私は国家が誇る公僕の一部ですから」

先々で会う見知った顔に挨拶を済ませまたひとつ、ひとつと新しい世界に足を踏み入れる。今日は一体どんな素敵な世界を垣間見れるのだろうと私の気持ちの昂りとは引き換えにどんどん進行されるパーティー。最近開かれたG7に出席した海外のトップも参加しているというからどれほどのものかと期待していた私からすれば失望寸前の催しである。時間が進む毎に気の落ちる私を見兼ねたうちのトップ、村田さんが私を置いてどこかへ行ってしまった。何をしにいったか、誰に会いにどこに行ったかなんて私にはなんの関係もない。ただ新しいものが無いならばと席を立とうとしたところで村田さんが戻ってきた。帰る機会を逃したか、と舌打ちをしそうになったところで私は息を呑んだ。

「名前、彼は君の中学の時の同級生らしいじゃないか。少し昔話に花を咲かせたらどうかね?私は他の会長達と少し話をしてくるよ」

村田さんの言葉なんて、全く耳に入ってこなかった。はい、としっかり返事をすることが出来たかも分からない。目の前に立っているのは、紛れもなく、私の中学の時の同期、柳蓮二だった


「名字、久方ぶりだな。8年7ヶ月と11日、か」
「ふざ、けないでよ…あんたなんか、忘れたわ…」
「お前が俺を忘れていない確率は、100%だ」

にくったらしい言葉と同時に人目を憚らず無理矢理押し付けられた唇を拒もうと思いきり目を瞑る瞬間、見えたものは余裕そうな柳の顔なんかではなく、彼の左手薬指に光る金の指輪だった

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