短編tns | ナノ


ストラップ  


お揃いのものを持つ優越感に浸りたくて、昔馴染みに何年も前に送った不細工な人形のようなストラップを、奴は未だに鞄につけている。雨に当たりびじゃびじゃに濡れても、紐が緩んでいたせいで水溜まりに落としてしまい色がくすんでしまったとしても、中学校の時に渡した不細工な形のストラップを私の幼馴染みは持っている。飽きれば捨てれば良いとか私はもう持っていないとか嘘をついたところでそれがなんの助言になることはない。それどころか私もまだそのストラップを持っていることすらバレてしまうのだから、彼の言動のひとつひとつがむしろ私を拘束しているのではないかと思ってしまう時がある。あれからもう数年、私達はとっくに大学生になりついに飲酒の出来る年にまで成長してしまった。誰かの歌で、子供の内は大人にはなれないけれど大人はドキドキするだけで子供になれるなんて言うものがあったような気がするが、大学で論文やレポート、部活動やアルバイトにせわしなく日々を過ごす私達にそんなものは無い。戻りたいと思う日常が戻ってくることは無いのに、部屋にあるコルクボードに飾られた何枚もの写真とはしっこに突き立てられたカラフルな画鋲に掛けられているその不細工なストラップを目にする度、あの頃に戻れる気がしてならない。私達はもうあの頃のままではない。それぞれの道を見つけその道をそれぞれのペースで歩んでいるというのに、私はまだその岐路に取り残され前に進めていないようだ

「いらっしゃいませ注文お決まりでしたらお伺い致します」
「名前…?」

変わらないアルバイト。シフト制を取る私のバイト先での私の入りは他のひとに比べ比較的一定している。大学に通っているというのもあるかもしれないが基本的には夕方から閉店まで、あるいは週末のフルタイム。学校から少し離れたこの地で私の知り合いに会うことはあまりない。だから遠いのにも関わらずこの場所を選んだのに、私の幼馴染みはその場所を当てた。いや、単なる偶然かもしれないけれど今確かに、目の前には大学に入り学部が違うせいで全く見ることの無くなった幼馴染み、柳蓮二が立っている。驚きを隠せないのはお互い様のようで、蓮二はいつも閉じているその目を大きく見開いていた。隣で彼の腕に抱き付いている可愛らしい女の子が私をキッと睨んだのが分かった。見ていられなくて目線を外すと蓮二の持っている鞄の端についている可愛らしいクマのストラップが目に入って、私はいよいよ笑顔の作り方を忘れてしまいそうになった。彼もまた、私とは全く違う道を選んだひとりに過ぎないという現実が私の心を抉る

「久しぶり。あんまり見てない内にまた大人になったね。隣のかわいい子は彼女さん?」
「初めまして!蓮二の彼女のくるみです!」

蓮二が言葉を発する前に、きらきらと作ったばかりの笑みを浮かべながら私より1トーン程高い声で挨拶をする蓮二の彼女はきっととっても蓮二の事が好きなんだろうなと素直に思った。誰にも取られたくないから自分のものだと主張せんとばかりに声を上げ見せつけてくる。そんな事をしなくたって、蓮二が女の子を連れているというだけで充分証明にはなるのに何か不安な事があるのものなのか。彼女に小さく微笑み再び蓮二に目をやると、言葉にならない声を発していた。計算し尽くされた蓮二のどこに誤算があるのだろうか。昔は蓮二の計算の上を行きたくてよくすっとんきょうな話題を出しては困らせたものだが、今となってはどうでも良い事。彼の計算のままに動いてやろうじゃないかと思う。どうせ、今ここで会ったとしてもうきっと、会うことも無いのだから。なのに蓮二が口を開く事はない。痺れを切らせた彼女さんが注文したブラックコーヒーとココアの会計を済ませ私が他の店員さんに聞こえるようにコールするまで蓮二は一言も喋らなかった

「しっかり食事は摂っているか」
「どうしたの?急に」

無事カップを受け取ったふたりは奥の席に座ったらしい。気になってしまうのは昔のよしみだと自分を笑いながら返却台に残っていたトレーや皿の回収をしているところで後ろから声を掛けられた。他に何か言うことは無いのだろうか。私は昔から確かに偏食だったかもしれないが今更なんだと言わんばかりに聞き返すと彼は少し黙った後また口を開いた

「それにしては、顔色が悪い」
「面白い事言うね、最近論文ばっか書いてて疲れてるだけだよ」
「あまり無理をするな」

馬鹿だね、そんな事言って。昔からそんな優しいところはひとつも変わっていない。それなのにずっと遠くへ行ってしまったような感覚を覚えるのはきっと、私が立ち止まったままだから。それでもその優しさは私ではなくて向こうから私を痛いほど睨んでくる彼女に向けるべきだと真剣に思うからこれ以上私が彼と此処で話すのは有益ではない。お互いに。彼の優しさに甘えていては私は成長できないのだからと私はゆっくり作業していた手を止め蓮二を見た。昔と変わらない、否少しだけ大人びた様子の彼と私はもう

「ありがとう。じゃあ私、仕事あるから、彼女のところへ行ってあげなよ、柳くん」

本当は一度も呼んだことの無い彼の名字は意外にもすんなりと私の喉を伝って溢れた。蓮二の泣きそうな顔は私の心に鋭い棘になって突き立ててくるけれど、私はそのままトレイを持ってその場を去った。昔覚えた変な独占欲が私の体を蝕んで侵食されてしまう前に、あのストラップを燃やしてしまおう。

ストラップ

この幼馴染みという優越感と今激しく感じた劣等感の調和の先にあったものが恋だとは、気付けなかった

[ prev | index | next ]

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -