短編tns | ナノ


「なら自殺しなよ」  


「それ、何?」
「チョコレート」
「ふうん、誰にあげるの?」
「誰だろうね」

ばちーんっと、朝8時前の教室に突然大きな破裂音にも似た音が木霊した。クラス中の生徒の視線が一ヶ所に集まるが集まった当の本人、否私は一体何が起きたのか全く分からず、時間が過ぎるに連れてどんどんじわじわと痛みを発する自らの頬を抑えて初めて目の前で気持ち悪い程やわらかな笑みを浮かべている男に殴られたのだと理解することに成功した。どうする事も出来ず何度もぱちくりと瞬かせては現状確認を計るがやはり原因が見えてくることは無く、目の前で変わらず誰もが敬うその笑みを浮かべたまま謝ろうともしない幸村精市の意図に頭が混乱し瞬きを繰り返し過ぎるあまりじわりと目尻に熱い何かが溜まり溢れるのが分かった。

今日はバレンタインデー、恋する世の女の子がきらきらと輝き男の子がそわそわする心擽られるような日であり、それを純粋に楽しむ権利をひとは平等に与えられている。勿論チョコレートをあげるのが一般的ではあるが、メインはやはり想いを寄せる相手に気持ちの代わりとなるものを送るというところにある。だから女の子は精一杯考えてこの日の為に準備をするのだ。だから男の子も、真剣に女の子の気持ちに向き合わなければいけない特別な日。それは勿論私も例外ではなくて、手作りなんて器用な事が出来ない代わりに少し奮発した可愛いラッピングのチョコレートを選んでみたりした。毎年スーパーのフェアで残り物のようなものを大量に購入する私がひとりの為に街の大きなデパートへ招き地下のお菓子屋さんに売られていたチョコレートを手に取ったのは初めてで、レジで計算した時はなぜかもうこれを渡してしまったかのような感覚さえ覚えた。私にとっては所謂一大決心のようなもの。他のどんな可愛い子には勝てないかもしれないけれど私なりの精一杯で気持ちを伝えようと思っていたのだ。勿論直接告白なんて出来やしないし手紙で想いを伝える気になんかならない。ただチョコレートを机か下駄箱にでも忍ばせて見てもらえれば充分、なんて自分の性格にしては随分乙女な考え方なのかもしれないけれど実際私はそうしようと思っていた。今の関係にこれ以上のプラスが無いにしても、マイナスよりはずっと良い。

だから朝少しだけ早く来て、今からだという時に、見られてしまったのだ。それもその相手は私がまさにチョコレートを忍ばせようと思っていた張本人なわけで、しかも理解も出来ない内にクラスメート達のいる前で思いきりぶったたかれてしまったものだから、私の目尻に溜まっていた熱いものがぼろぼろと溢れだし止まらない。最悪だ、とりあえずこの場から立ち去らねばと思い無意識にチョコレートを手に取り席を立とうと腰を上げたらがしっと肩を思いきり押さえつけられ再びとすんと椅子に座る羽目になった

「どこ行くの?まさかそんな不細工な顔して君の想いを寄せる相手にチョコレートを渡しに行く気じゃないだろうね?」
「…」
「ねえ、誰が好きなの?」

まさかそれがお前ですとは言えない。答えること無く黙り込む私と静まり返る教室に数秒前までにこにこにこにこしていた幸村が真顔で私の腕を鷲掴みし私の態勢や気持ちなんて気にする気配も見せずに教室から出た。引っ張られるまま溢れる涙も止まらないまま連れ出された私は手に持ったチョコレートまで道連れにしてしまったらしい、手の温度でどろどろにならなければいいのだけど。なんて冷静な事を考えているのだから私はどうかしてしまったのかも。やっと腕の痛みから解放された空き教室で幸村は大袈裟に溜め息を吐いた

「痛かっただろう?でも謝らないよ」
「頭いかれてんのね」

この後に及んで謝罪のひとつも見せない幸村に溜め息を吐きたいのは私の方だ。やっと治まり乾いてきた涙を制服の裾でごしごしと擦りながらせめてもの抵抗にと口悪く言い返すと乾いた笑い声が聞こえた。悲しいのは、それでも私が幸村を好きだという気持ちが変わらない事だ。横暴で私には全然、優しさの欠片も無くても好きなのだ。Mなのかもしれないと昔は本気で思ったのだけれど、それでも好きだから。彼女という立場にいても所謂気の許せる友達というところに収まっていられれば充分。きっと幸村だって、しおらしい私なんか見たって嫌な筈だ。幸村は私がこんなアホみたいな性格だから、他の女の子のように彼に想いを寄せている素振りを見せないから、だからきっとこうして話をしてくれるんだ。ならば私は、このまま。奮発したチョコレートはジャッカルと半分こでもしようかな。高かったから全部はあげないけど勤労賞って事で

「とりあえず教室帰ろ、もう大丈夫だし」
「やだ」
「はい?なんで」
「俺怒ってるから」
「いや、意味分からないっす」

大方乾いた目をそのままに踵を返そうと方向転換をした筈の私の体はすぐにまた幸村へと向いてしまった。怒っている、なんて言っておきながら先程と変わらない笑顔でいられても説得力がない。怒っているだなんて、嫌われてしまったら嫌だなとは思いつつもどうしてこんなに怒っているのか私にはやっぱり理解が出来ないのだ。泣いてしまったからなのだろうか、確かに女々しくないが売りの私がこんな女々しい事をしたら流石の幸村も引いてしまうかもしれないけれど、果たして教室に帰れない程怒るような事なのだろうか。うざい、と思われているならいくらでも謝るがそんなに微笑まれてはどうしようもない。とにかくなんとかしようと彼に一歩近づいたらあれよという間に手にあったチョコレートを取られてしまった。分かった、私ごときがそんな高価なものを持つなんて甚だしいって事か。やっぱり私にはスーパーで2割引になった大量生産のチョコレートがお似合いってわけなのか

「ごめん、こんな高いもの持ってて」
「何言ってんの?このチョコレート、これ俺じゃない誰かの手に渡るなんて信じられない。名前が想いを寄せてるっていう


そいつを殺して俺がそのチョコレートを貰ってもいいよね?」


聞き間違いなのだろうか。目を見開く私を余所に幸村はその手にあるチョコレートを大事そうに抱えた。とりあえず、私の彼にチョコレートを渡すという今日の目標はこんな形で達成されてしまったらしい

「なら自殺しなよ」

そして告白まがいの暴言を吐いて逃走しようとした私は後ろから思いきり頭を殴られ再起不能になった。抱き締められていると理解できるまで随分時間が掛かったが幸村がうざいなんて言う声が酷く浮かれていたせいで、私はこのチョコレートを選んだ事が正解だったと気付く2月14日

言い忘れていたけれどハッピーバレンタイン

[ prev | index | next ]

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -