短編tns | ナノ


インセプション  


馬鹿も休み休み言えば可愛いものかもしれないと言った勇者がいるのならば今すぐここへ連れてこい。

「俺の女になれ、文句はねえな?」

こんなふざけた台詞は休み休み言われたところでだいぶうざい。学校がある時に、それも決まって午後一回目の授業の終わった休み時間に現れてはこんな事を言い続ける勇者の名前は跡部景吾。始めの方は質の悪い嫌がらせのようなもので、こうする事によってファンクラブ達の視線を一気に私に集中させ嫌がらせを起こし苛め抜いた挙げ句私がこの学校を去るか死ぬかさせたかったのだろうと本気で考えた。靴箱はちゃんとチェック、教科書もこまめに持ち帰るようにしたしジャージも体育がある日だけ家から持ってくるようにした。用意周到だろうああそうだとも。しかし所謂苛めとやらは起きる前兆も無くむしろ穏やかな毎日が続いている。友達も跡部が来ると微笑ましげに名前、跡部くん来たよなんて言ってきやがるのだから私の頭は考えるのをやめたい。

「いや有り有りだわ馬鹿野郎が無理だって」
「ハン、俺が決めた相手に間違いはねえ」
「その自信はどこから来るの?ねえどこからなの?」

相変わらず話を聞く気が無いらしい跡部は次の授業のの予感がしたのか私の問いには答える事無く行ってしまった。そうしていつも取り残される私は一体?まるで告白してもいないのに振られた気分だ。まさにそれ。溜め息混じりに教室に戻ったところで慰めてくれる人間はひとりもいない。面白がってるんだということだけは一目で分かる。しかし跡部景吾といえば学校一おモテになるいけめん。こんな事をひとりの女に繰り返して反感を買わないのが、それどころか私と話すようになってからファンクラブが騒いでいない気がするのが不思議でならない。兎にも角にも、どうせ明日からの無限のループを繰り返すのだろうと対して気にも留めずに私は帰宅路についた


………‥‥‥


来ない。そうして無限に続くかと思った告白劇はあっけなく幕を閉じた。登校してから下校まで跡部を見るどころか誰も跡部の話をしないのだ。いつも一緒に弁当を食べている友達には過信していると思われたくなくて聞けたもんじゃないが、来ない。どうやって過ごすか忘れてしまった午後一回目の授業の終わった休み時間。意味もなく廊下を徘徊したところで跡部の姿は見えず。それから数日間私は同じように跡部の姿を探したのだけれどやはり跡部はいないらしい。挙げ句に行われた生徒会総会で会長として壇上に上がったのは見たことも無い眼鏡を掛けたいかにも優等生な男子生徒。そこに立つのは跡部景吾でなくてはならないのに。そこで偉そうに挨拶するのは私に毎日告白まがいの行動を繰り返していた跡部なのに。跡部は何処へ行ったんだ?あんなに私に付きまとっておいてこんなにあっさり姿を消して、会長の座まで誰かに奪われてしまって。誰も、跡部の話をしなくて

「私、前の生徒会長の方が好きだったな」
「は?前って去年?去年って誰だった?」
「何名前伊藤が好きだったの?意外なんだけどあんな電車オタク」
「違う違う、伊藤とかそんなんじゃなくて。うちらが一年の時から跡部だったじゃん。今年は違うみたいだけど…」

「「は?跡部?誰それ」」

え?
止まっているのは私の時間か私を取り巻く人たちの時間か。目の前の友達は確かに跡部なんて知らないと言った。そんな、馬鹿な冗談があってたまるかと生徒総会中なのも気にかけず友達の肩を思いきり揺らした。そんな訳、無い。

「私に毎日告白してきた」
「え!名前そんな相手いたの?!なになになんで教えてくれなかったわけ?」
「ちがっ…一緒にいたじゃん!」
「じゃあテニス部の部長は?」

「テニス部?うちの学校テニス部なんて無いよ?」


テニス部がない、なんて大袈裟かもしれないが氷帝学園が存在しないのと同じだ。むしろ私の頭がどうにかなってしまったのではないかと心配そうな顔をする友達を払い除け辺りを見回した。そうだこれは何かの間違いなんだ。そうだきっと皆でびっくり企画か何かを考えているに違いない。本当はその辺に跡部が隠れていて私が見つけるのを待っているに違いない。なんて馬鹿らしい奴。でもいい加減懲りたよ。もう出てきてもいいんだよ。ねえ跡部どこにいったの。がばっと立ち上がれば聞こえてくるのは先生達の牽制の声。でもそれも跡部を隠す為の芝居に違いない。ほら、もう今出てきてくれたら驚いてあげるから出てきて。今出てきてくれたら付き合ってもいいから。だから

「跡部ええええええ!!!」

「名前!」
「…っ?!」

物凄い揺れに驚いて目を覚ますと見慣れないベッドの上。目の前には心配するように覗き込むのは、わたしがずっとずっと会いたかったそのひと。眉を潜めて私の両肩に手を置いている様子を見る限りきっとこの揺れは跡部のせい。外に目をやろうにもカーテンが閉まり電気が消えて室内が暗いところから夜だと言うことが窺える。此処は、きっと誰か。否、跡部もしくは私の家である。そんな事よりも跡部が目の前にいることが堪らなく嬉しくて悲しくて申し訳なくて、ただすがるように彼の背中に腕を回した

「私も、跡部が好きだから…あんたの言うように付き合うから…もういなくならないで…冗談も言わないでずっと傍にいて」
「名前、一体なんの夢を見たってんだ、アァン?汗掻いてんぞ」

枕元にあるタオルで私の汗を拭ってくれるのは紛れもない跡部景吾。そのままゆっくり頭を撫でてくれる様子に胸が高鳴るのは私が彼を好きな証。もう離れまいと背中に回した腕に力を込めたところでいよいよしっかりと記憶が戻ってきた。

「俺はどこにも行かねえ、だからこうして結婚して、お前の腹にだって俺達の子がいんだ。こんな愛しい嫁を置いて俺様がいなくなるとでも思ったのか?」
「ううん、違うの…ただ少し、高校の時の夢を見ただけ」
「懐かしい夢にしちゃあ、魘されてたけどな」
「景吾が学校からいなくなる夢、皆景吾を知らなくて私だけが覚えてて、なんの冗談かって怒るんだけど景吾はいないんだ」

悩ましげな笑顔を浮かべながら私の頭を撫でるこの男は本物だ。いなくなったりなんかしていない、悪い夢を見ていただけなのかと実感が湧いただけで安心してしまった。そうだ私は跡部景吾と2年前に結婚して、もう3ヶ月もいれば家族が増える。きっとお腹に宿ったこの子をしっかり育てていけるかという不安がこんな形で夢として現れたのだろうと納得し、広い彼の胸板に自らの顔を埋めた。昔から変わらない彼の温かい内が大好きで、それまでの恐怖や不安、憤怒を拭い去るように景吾を抱き締めた

「愛してるぜ、名前」
「うん。私も。あ、ねえ景吾、今度はいつテニス部だった皆で集まるの?私も久しぶりに皆に会いたいし、景吾のテニス見たい」

こんな夢を見た後なのだ、なんだか懐かしい面々の顔が頭に浮かんで景吾を見上げた。大学時代はよく会っていたテニス部レギュラーの皆とは社会人になってからというもの、なかなか皆で集まる機会が持てずにいるといつだか景吾が嘆いていた気がする。なんだかんだ言ってもやはり彼はテニス部の部長で、今でも彼らの心配をしている優しい人なのだ。そんなところにも、私は惹かれたわけで。だから久しぶりに私も皆に会いたいなと首をかしげると、景吾は眉間に皺を寄せ困ったように目を細めていた。しまった、迷惑だったのかもしれない。

「ごめ…やっぱ、私がいたら邪魔だよね。わすれ「名前、お前大丈夫か?」
「え?」


「氷帝にテニス部なんて無かったじゃねえか」


インセプション
どこからが夢だった?

俺達はテニス部じゃなくて陸上部だったじゃねえかと私を馬鹿にしたような笑みを浮かべる景吾の表情を私は見たことがない。目の前の景吾は誰で、ここはどこで、私は誰なのか

[ prev | index | next ]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -