短編tns | ナノ


魔法の国へようこそ  


夏期休暇はいつも嫌いだった。私は家が遠いから皆のように易々と自宅には帰れないためいつもひとりきりで広い校舎に残る事を余儀なくされていた。皆手紙を書くなど別れ際には悲しそうに笑うものの、結局その長い休暇中送られてくる手紙の数は鷹が知れていたのでいつの日からかたいして期待をする事も無くなっていった。そういえば何個か下の後輩にこの世界で有名なハリー・ポッターが入学したなんて話題になっていたけれど学年がいくつも上、しかも寮も違う私には何の関係も無い事だったし、そんな事よりも早くここを卒業して就職がしたいなどとばかり考えを巡らせる私は確かに珍しいもの好きではあったけれど、いくらハリー・ポッターが特別な人間だろうがトロールと対峙しようが興味が湧いてくる事は無い。結局それはハリー・ポッターが特別な体験をするだけで私に何か特別な事が起こるわけではない事を知っていたからだ。だから私はもっともっと特別な何かが起こらないかと無い頭をフル回転させながら中庭の緑に目をやる。遠くでスネイプ教授が嫌味な咳払いをしながら歩いていくのが見えたので追い掛けてちょっかいでも出してやろうかと座っていたベンチから立ち上がろうと重い腰に力を加えたところで、数秒前に無かった異変に私は気が付いた

「…は?」

誰かが倒れている。

でも先程ここへ来て辺りを見回した時には確かに無かったし、何より今学期の夏休暇、この学校に残っているのは私だけの筈なのをマクゴナガル教授から聞いていた。だから生徒らしき人物がここに倒れている筈がない。恐る恐る、それこそ忍び足さながらうつ伏せに倒れている何かに近寄ると、それはう、と唸り声を上げた。びっくりして跳び跳ねそうになるのを抑えなんとかその何かに近付くと、この世界ではまず見る事の無い服装をした男の子だという事が分かる、そして恐らく彼は私と同じ、日本人だという事も。

「あの…すみません生きています、よね?」
「…う…」

私がその倒れている体に手を伸ばそうとした時、ぴくりと体が動いたので触れるのを止めた。そのまま声を掛けると再び唸り声を上げた彼は気が付いたのか、ゆっくりと辛そうにその身を起こし傍らで見下ろす私の方へと視線を投げる。私の予想は大方当たりだろう、こちらを怪しげに見やるその瞳は濃い茶色で尖らない鼻、大きくはない目、というかとても細い目、黒い髪はさらさらと抜けた芝生を纏いながら微風に揺れている。私が彼を怪しまなければならないのにどうして彼が私を警戒しているのかは分からなかったが彼は私と距離を取ろうとしていた。

「you so…」
「お前は、誰だ…ここは何処だ」

折角英語で話し掛けた私の努力は虚しくここではなかなか聞くことの出来ない日本語が私の耳を掠めた。私の好意をなんだと思っているのだろうか。まあ好意と呼ぶ程の事はしていなかったが、そんなに敵意剥き出しにしなくても、という思いをこめて溜め息を吐くと目の前の彼はその薄い目を大きく見開いた。

「私の名前は名字名前、日本人です。貴方は?同じ日本人のようだけどって、日本語話していたからそうだとは思うけど」
「ここは一体、どこなんだ」
「どこって、ホグワーツですけど…貴方こそどうしてここに?ここの生徒ではないでしょう?」

私の言葉を聞いた彼の目は再び見開かれた。その目の大きさから彼の目は決して細い訳では無いことを悟ったが、だからと言って彼が言葉を発する訳ではなかった。私と彼の間に流れる沈黙が堪えられなくて、せめて教授か校長に伝えなくてはと見下ろしていた彼から視線を外し通り掛かったマクゴナガル教授に向かって手を振り上げようと右肩に意識を集中させたが、その手が上がる事は無かった。彼が私の服の裾を掴んだからだ

「俺の名前は、柳蓮二。お前の察する通り日本人で年は15、俺は市内の図書館に行く途中だったのだがそれ以降の事は分からない」
「分からないって…」
「お前の声が聞こえた、そして目覚めたらここにいたんだ」

嘘だなんて、言葉が私喉を這って出てくることは無かった。何やらドキドキと心臓が高鳴るのが嫌でも伝わってくる。日常が反転するような楽しい予感、緊張。

私は柳と名乗る彼の腕を掴み、今度こそマクゴナガル教授を呼び止めた

おわり



という連載がやりたい。
何となく魔法の熱に浮かされている宇木でした。

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