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隣の紳士  


クラスに紳士と呼ばれている男子生徒がいる。名前は柳生、元ゴルフ部で現役テニス部兼生徒会長を務める彼へのクラスや教師からの信頼は厚く、高い人気を誇る人物で私の隣の席3回目。というか連続記録更新中。周りから羨望の目を向けられる程に彼は好かれていて、競争率が高い。他のクラスのテニス部の華やかなメンバーに比べれば私のクラスのテニス部は圧倒的に静かでファンと呼ばれる女子生徒も大人しいかもしれないが、私はそんな彼らがとっても苦手だった。特に柳生はその中でもずば抜けて苦手で、彼と隣になると決まった次の日の授業の内一時間は必ず屋上へと逃亡している。何故なら柳生は、私とは正反対の人間だからだ。

「また隣の席…」

誰もいない屋上でフェンスに寄り掛かり盛大な溜め息をつくも私の気持ちが晴れる事は無かった。柳生は冒頭にもあったように生徒の模範のような人物で、私のように授業をサボったり制服を着崩していたり、授業中に携帯電話をいじったり宿題を含めた提出物をギリギリまで提出しない、或いは期限を過ぎても提出しないような生徒の事を疎ましく思っているのが手に取るように分かる。その証拠に、この学年になり隣の席になってからずっと私の服装や生活態度についてとやかく言ってきている。ネクタイの位置がおかしい、スカート丈が短すぎる、登下校の際にスカートの下にジャージのハーフパンツを着用するなから始まり授業中にノートを取れ、配布物を捨てずに持ち帰れ、掃除当番に当たったらサボらず最後まで掃除しろ。挙げ句の果てには制服のままいたる所に寄り道を食うななんて言ってくるものだから私がこうして屋上に逃げ出したくなる気持ちも分かってほしい。勿論生活態度が悪い私がいけないという事は承知の上なのだけれど、まるで生徒指導が常に隣で私の素行を見張っているみたいだ。毎日毎日そんな事を言われ続ければ当然、私の心が叫ぶのはお決まりの

「うざ「何がうざいんですか?毎度毎度、こんな所で油を売るような事をしていないで早く教室に戻ってください」

私の言葉が突然誰かの言葉によって掻き消され、その彼の言葉の後ろでチャイムの音が響いた。振り返らずとも相手が誰なのかなんて推測できるのが本当に悲しい。それでも柳生と言う名の現実と向き合わなければならない事を知っている私がもたれていたフェンスから身体を起こしゆっくりとドアの方に目を向けると、逆光の眼鏡の縁をくい、と上げて見せる柳生が私に何かの袋を差し出していた

「何、それ」
「貴方の朝食です」
「は?」
「名字さんがいつも朝食を摂っていないという事を私は知っています。週末一生懸命働いて稼いだお金の使い道は貴方の自由ですがご飯を食べなければ倒れてしまいますよ?」

さあ、と柳生の差し出す袋に目を向けた途端私のお腹がぎゅるる、と悲鳴をあげた。それでも手に取るつもりはなくてふいと顔を背けると小さな溜め息と共に私の身体が顔を背けた方とは逆側に傾く。反射的に振り返るとやれやれと言わんばかりの柳生が私の腕を掴んだまま屋上のドアに向かおうと足を踏み出したところだった。相変わらずぎゅるる、と鳴るお腹の音が沈黙する私達の耳に響くのが堪らなく恥ずかしくて私の腕を取ったまま歩き続ける柳生におい、と声を掛けるとまた一ヶ月宜しくお願いしますね、なんて言いながら女子卒倒確実の紳士スマイルを向けられた。私は柳生がとてもとても苦手だが、生憎こうして私の世話をなんやかんや焼いてくれているところは嫌いじゃあない。

隣の紳士

また明日も、私が屋上へ逃げ込んだら彼は呆れたように笑いながら迎えに来てくれるのだろうか

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