short | ナノ

 

※過去捏造、死ネタ

空が泣いた。これをひとは雨と呼ぶのだと言い悲しいが泣くことの出来ない人の為に空が代わりに雨となって泣いてくれているのだと教えてくれた恩師は既にこの世を去り、残されたのはあたしと、恩師が生前愛でていたあたしよりいくつか幼い男児ひとり。名は、石田三成と言った。

「姉上!」

三成は幼い頃よく泣いた。事ある毎にあたしを頼り、影に隠れ前に出ようとはしなかった。立派な男児に生まれついた筈の三成はあまりに細く、まるでおなごのようだと周りから避難される時もあった。ただでさえ血の繋がらない、親や親戚もいないあたしたちを疎む者は多かったがとりわけ三成はどこへ足を運ぼうと使えぬ、使えぬと蔑ろにされていた。昔はそれが可哀想で、憐れで、それでいてあたしを頼る三成が愛おしくて仕方がなかった。

「どうした?三成」

「勝手に城外へ出るなど!秀吉様も心配しておられました、早々にお戻り下さい!」

「この程度、城外とも言えまいよ。それにあたしは姫でもなんでもないのだから」

しかしどんな契機があってかあたしたちは豊臣が右腕、竹田半兵衛様に拾われたのだ。それがもう5年も前の話。それからあたしたちは城の中で豊臣様に使えるようになったのだけれど。それから少しした頃三成はよく嬉しそうに笑うようになった。それはあたしにとっても嬉しい変化だった。泣いてばかりだった三成が主君の為に働き成果を出し、それをあたしに話す時の三成は本当に幸せそうだった。しかし更に日が経つにつれ三成は何かに取り憑かれたように戦にばかり足を向けるようになり人を殺める事にばかり執着するようになった。主君のため、そしてあたしの為だと口々にいいながら三成は戦場に繰り出すようになったのだ。同時に三成は過保護、もしくはそれ以上にあたしをついて回るようになった。外に出るにも厠へ行くにも、食事をするにも三成の許可を取らねばならず、戦が無い間の殆どの時間をあたしの傍らで過ごした。

「姉上、姉上はどこへも行ってはなりません」

自室に戻る戸を開けながら、あたしに背を向けたまま三成はそう言葉を漏らした。その度にあたしはどこへも行かないと首を振るのだけれど、それでも尚、繰り返し繰り返し三成は同じことを口にした。もう何十回、何百回と同じ言葉を聞いた頃三成にある変化が起きた

「姉上」

「どうしたんだい、三成。またなのかい?」

丑満時、もしくはそのもう少し後に三成があたしを訪ねてくるようになったのだ。特に急な用事もないといいながらもあたしの寝台の傍らに腰を下ろし開けたままの戸の隙間から外を眺める。そういえば、昔もこんな事があった。恩師が死ぬ数週間前からだっただろうか。夜中に突然起き出した三成はあたしの布団に潜り込みあたしの背中にしがみついて来た。その時は幼子で、きっと怖い夢でも見たのだと気に掛けてはいなかったがどうも、あの時と症状が似ている。ゆっくりと身を起こし外を眺める三成の肩に手を起き弱く自らの方に引き寄せれば三成はあたしを押し倒すような形で覆い被さり、そのままあたしの体を強く抱いた。冷たい三成の体は相も変わらず細い。

「怖い夢でも見たんだね?」

「姉上…私は、」

「よしよし、ほらいい子だ」

背をゆっくり撫でてやると安心したように目を瞑る三成はすっかり成長し、立派な男になった。それでもやはり目を瞑ったところは昔のまま変わらず愛らしいまま。あたしの体の上で目を閉じたまま動かない三成の額にちゅ、と口付ける。昔は三成が悲しいと泣いている度にしてやったものだが大人になった彼には最早そんな慰めは必要ない。きっともう直ぐ良い縁談に恵まれ幸せに暮らすことになるだろう。これまで充分に辛い思いをしたのだから、もう彼には幸せになる権利がある。

「姉上、…名前」

ふと、三成があたしの名を呼んだ。これまで彼に名を呼ばれた事があっただろうか。ゆっくりと起き上がりあたしを組み強いたまま見下ろす三成は戸の隙間から射す月明かりに照らされ一瞬、全く知らない男性かのような錯覚をした。酷く冷たく美しい、ひとりの男。そういえばいつから彼はあたしを姉上と呼ぶようになったのだろうか。冷たく冷えきった彼の頬に自らの手のひらを重ねるとそのまま彼の顔が近付いてきて、その薄い唇とあたしの唇が合わさった。背徳など感じる余地も無く、そのまま唇を合わせ続けた。はらりと床に落ちる衣服から見えた三成の体は細く今にも壊れてしまいそうで、どうか壊れないようにと願いを込めて抱き締めた。三成は、酷く優しかった。あたしがここで女になってしまえばもうどこへも嫁げないと笑うと、彼はそれでいいと目を細めた。幸せだ、なんて不覚にも感じたのはこれが人生で何度目だろうか。数少ない幸せの中身の殆どには三成の姿がある。あたしの心はきっと目の前の彼を中心に回り、彼を中心に終わるのだと悟った。

それから三日と経たぬ内に、あたしは豊臣に反旗を翻す者達によって殺された。三成を苦しめるためだと笑いながら彼らはあたしを犯し、そのまま心の臓を突かれて死んだ。人間は心臓が止まった後少しの間だけ意識が残りまるで眠る直前のような感覚に陥るという。意識はあるが声をあげる気にはならない。そんな状態。もう目蓋を閉じる事さえ億劫になり、世界が歪んだ頃に部屋に誰かが入ってきた

「お慕い申しております」

意識を手放す直前、全身に温もりとそんな言葉を聞いた。

空が泣いた。それから日の本は暫く雨が続いた。三成は泣かなかった。空が代わりに、泣いてくれているのだ