short | ナノ

 

※過去捏造

戦場で美しい人を見た、彼は全身に他人の血を纏いまるで左目に死の炎を宿したような眼差しで天を仰ぎ、立ち尽くしていた。そしてそれが彼を見た最初の出来事だった。籠の中から見えた彼に、もしかしたら既にこの時魂を持っていかれていたのかもしれない

2回目に彼を見たのは婚礼の儀を執り行う時だった。私は彼の正室として迎え入れられた。その前々日まで自らが彼と結ばれることになるとは夢にも思っていなかったし隣で黙々と儀式を遂行する彼と特に言葉を交わす事はなかったが、横目に見る彼の姿もやはり、美しかった

「三成様」

「なんだ」

3回目4回目、夫婦となった私達は顔を合わせる事が多くはなったたものの相も変わらず私と彼との間に必要以上の会話は無かった。彼が笑う事は無かったし私が彼に微笑み掛ける理由もなかった。それに彼が笑う姿をいくら想像したところで、それは到底美しいものではないと私は知っていた。

「そろそろ時期に御座います」

「言われなくても分かっている、お前は大人しく私の指示を待っていれば良い」

「はい」

私達が結ばれた理由を唱えるならば相互の武家繁栄。故に男児を孕み産むことは私にとって最初で最後の大仕事、義務というわけなのだが何を気張る事もない。愛があるわけでも情に犯されているわけでもない私たちの行為は至極簡単簡潔。好いた者と結ばれた他の夫婦がどのように情事に及び子を産むのかは知らないが少なくとも私たちにそれが当てはまる事はない。それでもやはり床の上につく彼は、美しかった。行為に愛等という不確かなものがなくとも彼は崇高で気高く、美しい。

彼と何百回顔を合わせた辺りで国に衝撃が走った。彼の仕える豊臣軍党首が討たれたのだ。討ったのは、同じ豊臣軍であった筈の、一度は同じ夢を見た筈の三成様の同胞だった。それは勿論私達にも直ぐに伝わりその時遠出をしていた三成様は酷く落胆し打ち菱がれ、挙げ句、哀と憎悪によって変わられた

「憎い憎い憎い、憎い!!!」

「三成様」

「煩い!黙っていろ、貴様に何が分かるのだ!!」

彼は簡単に手をあげるようになった。頬に痛みが走り、反動で畳の上に倒れる私を気にも止めようとしない彼の頭の中に復讐以外の言葉は無い。嘆き苦しみ怒り叫ぶ彼の姿は滑稽で弱く、美しかった

それから幾らか時間が経った頃、遂に三成様は復讐劇を決行することにした。無謀ともいえる復讐劇、だが私に止める術は持たなかったし第一私に、止める気などは微塵も無かった。何故か、それは勿論復讐に咲く彼はどんな花よりも可憐で美しいからだ。彼は部下達を従え策を編み敵を討つことだけを考えた。

「名前」

「はい」

「生き延びろ、そして語り継ぐのだ。秀吉様を半兵衛様を、豊臣軍を」

「そして、三成様を」

彼の腕に抱かれた事がこれまでにあっただろうか。彼の体は想像よりもずっと温かく人間味を帯びていた。彼は初めて、私の名を呼んだ。最初で最後の、彼から聞いた私の名だった

翌日から始まった戦は予想通り苦戦、数ヵ月後には圧倒的な敵軍の兵力に次々に陣を押さえられ私達も捕まった。捕虜として城に迎え入れられた私が処刑される必要は無いと敵陣の党首は言った。顔の知れた、かつての同胞は優しく、愚かだった。きっと私の産む腹の子は恨み憎悪し復讐を誓うだろう。だけどかつての同胞は構わないと笑った。彼を慕う者は多かったし彼の戦術を美しいと評価する者も多かったがやはり私には、彼は愚かにしか見えなかった。

まもなくして三成様率いる西軍は敗北。彼は斬首された
彼は最後に慕っていた党首の名を呼んだ。自分の軍の名を呼ぶことも、ましてや私の名を口にすること等は無かった彼は無惨に首を跳ねられこの世を去った。残った彼の体と切り離された首を見て自決をする西軍の残党が後を絶たない中、私は笑った。今の彼の姿は、今まで見たどの彼よりも美しかったからだ

首だけになった彼を遠くから眺める私の頭の中では、一度だけ聞いた私の名を呼ぶ彼の声が木霊していた