short | ナノ

 


恋人達が寄り添うクリスマス、平日ゆえ予定もなしに退社し会社のエントランスを抜けたあたしに白く細長い紙バッグを差し出しながら付き合えとぶっきらぼうに言葉を掛けたのは大学時代の同期、久しく顔を見ることの無かった石田そのひとだった。

「罰ゲームなの?大人にもなって?」

「死ね、なら飲むな」

大学時代に住んでいたというアパートにそのまま暮らし続けている石田の部屋に来るのは久方ぶりである。昔は前田や徳川、伊達や孫一達とよく押し掛けていたのだが卒業し進路をそれぞれにしたあたしたちが会うことは年末年始の忘年会を兼ねた新年会くらいなもので、特に石田は大手に就職した事もありここ数年全く見掛けていなかった。海外に転勤になった話やあらぬ方向に就職を変えたなど噂が飛び交うこともあったがどうやら彼は変わりなく生活しているようだった。

「てかさ、どうしたの急に?」

「貴様は黙ってそれを飲めさもなくば死ね」

「いい大人が死ね死ね言わない」

こざっぱりとした部屋にふたり並んで先程石田が持っていた紙袋から取り出した上等のワインの栓を抜きグラスに注ぐ。ワイングラスなんて格好の良いものが不釣り合いなあたし達は焼酎のグラスで充分なわけで、中身がワインというだけで充分雰囲気が出ていると信じて疑わないし元々酒を飲む時食事の量が減るところもそっくりなのである。チン、と合わせたグラスに注がれたワインに口をつけながら気になっていた事を口にするとあっさりと一蹴されてしまったのでテーブルに置いてあったテレビのリモコンを片手に電源を入れた。クリスマス特集なんていいながら特番ばかり連なる番組表の中からホームアローンを選択し番組を見るというアイコンを押すと始まったばかりなのかナレーションがなにやら内容について説明していた

「この男の子名前なんだっけ?」

「知らん」

「え、ホームアローン見たこと無いの?」

「コメディに興味はない」

「まあ確かに…あんたがギャグプログラムを見ながら笑う姿なんて想像出来ないけどさ」

子供の頃飽きるほど見たこの映画は目線をテレビに向けていなくてもどんなシーンなのか分かる。だからテレビに目線をやらず横で黙々とワインを飲み干す石田をじいと見やればジト目で睨まれた。

「なんだ」

「いや、変わんないなと思って」

「そんなもの、所詮は見せ掛けだけの形が今そのままここにあるだけだ」

なんだか意味深な言葉を紡ぎながら帰り際に買ってきたつまみに手を伸ばす石田の背格好に変化は無い。その綺麗な銀髪も独特の前髪も切れ目も紫色の瞳も。細い体のラインはモデル顔負けだろうし身長だって申し分無い。大学時代は女のひとりやふたりいても当然だとばかり思っていたのに結局フリーのまま卒業を迎えた彼を見た時は一瞬ほもか何かしらかと思ってしまったが、それも今となってはいい思い出なのかもしれない。言われてみれば確かに、社会に出てそれなりの時間を過ごせば良い意味でもそうじゃなくとも生きる難しさを知る。それは彼だけに限らずすべてのひとがそうなのだけれど、もしかしたらとりわけ人付き合いが苦手だった石田には少し荷が重いのかもしれない。なんて事を考えながら彼を見ていたらまた睨まれた。百面相でもしていたのか、あたし。というか、こんなに石田の事を褒めるなんて気でも狂ったのかあたし。

これじゃあまるで石田に惚れているみたいだと、自分の石田への観察力に飽き飽きしながらグラスに残ったワインを全て飲み干したところで石田が腰を上げるのを視界の端で確認した

「別な酒を取ってくる」

「あれ、もう全部飲んじゃった?」

ぱっとワインボトルに目をやったつもりだったのだがどうやら気がつかない内に量を飲んでいたらしい。すっかり色が透けたボトルに焦点を合わせるのに結構な時間が掛かったと己でも分かった

「貴様は昔から、ペースを考えずに飲み過ぎだ」

冷蔵庫へ足を向けた石田が大きめの焼酎ボトルと新しいグラスをふたつ持ってきた頃にはあたしのグラスに入っていた白ワインも底をついていた。グラスを受けとるようと伸ばした手にグラスが渡ることは無くあたしの手は空を掴んだ

「だって、このワイン美味しかったんだよ。でもごめんね、もしかしたら誰かにあげるものだったんじゃないの?」

酔いが回ってくると考える事と話す事がいっぺんに起こるから恐ろしい。その言葉を口にしながらもしかしたら彼女がいたのかもしれないと思い立って頭を痛めた。考えてみれば彼があたしのためにわざわざなにかを選んでくれた事なんか一度も無かったわけで、今回もついでに、みたいな感じであたしを呼んだのだろうとぐらぐらする頭で一生懸命考える。それでも最終手段に選んだのがあたしなのであればそれはそれで満足なのだけれど。恐ろしいのは、頭ではワインだけで結構きているのが分かっているのにアルコールを接種することを止められない事である。飲んでいないと何かいやな気でも起こしそうになってしまうのだと言い訳を探して石田が注いでくれるままに焼酎に口をつけた。

「私がこんな高級なものを他人のために選ぶと思うか」

「違うの?」

「飲みたくなった、だから買った」

「なんか、腑に落ちない理由だね」

既に飲み終え空っぽになったグラスに焼酎を注ごうと手を伸ばすもいよいよ遠近感覚が取れなくなってきたらしい。後少しのところで指先をふらふらと動かすあたしの手が最終的に掴んだのはボトルでもグラスでもなく、どこからか伸びてきた石田の細い指だった

「なら腑に落ちる理由をつけてやる」

「なんで上から目線なの」

酒のせいでうまく状況が把握出来ない。まるで空き巣に入った犯人が男の子の仕掛けたトラップに嵌まって困惑しているみたいだ。指先だけを掴んでいた筈のあたしの手はいつの間にか石田の指に絡め取られている。あたしをじいと見やったまま言葉を発しない石田の態度が妙にじれったくて空いた右手の親指と人差し指で石田の薄い唇を摘まんでやった

「私が上にいるわけではない。貴様が私より下にいるだけだ」

「それを上からって言うんだよばかやろう」

ひっぺがされた手を痛いくらい握り締められたせいで無意識に目を細めると不意に離された手があたしの目尻に伸びてきた。きゅっと目を瞑ると痛みの代わりに優しい指先があたしの上瞼のラインをゆっくりなぞるのが分かって、どきりと心臓が高く鳴った。これはきっとあたしが酔っているせいで全体的に動揺しているだけなのだと落ち着こうにも、鼻をくすぐるような石田の匂いがあたしの頬を紅潮させる。ちくしょうどうしたんだあたし、と自分自ら問い掛けても答えは見つからない。ゆっくりと目を開けるといつもの石田が目の前にいて、なんだかやはり自分だけがこんなに混乱しているのかと悔しくなった

「馬鹿は貴様だ」

「くそやろうーばかやろー」

余裕だと言わんばかりの表情を浮かべる石田をなんとかしてやりたくて、それでも方法が見当たらなくて、だから捕まっていたもう片方の手も振り解き両腕をめいいっぱい伸ばしてその見るからに薄そうな胸板に飛び込んだ

「っ、名前…貴様」

「驚いた?はい、メリークリスマース」

意外にもすんなり受け止められてしまいはしたものの効果はあったようで、目を見開いた石田はなんだか幼く見えた。それがとってもとっても可愛くて、なんだかとっても愛しくてそのままぎゅうと抱きついたらあたしの背中にもひとの手の温もりを感じた。アルコールマジック恐るべし、こんなに自分は大胆な行動が出来たものかと驚きもしたが石田の表情に免じて許してやろう

「折角あたしのクリスマス取ったんだから責任取れよいしだみつなり」

「貴様こそ、後悔するなよ苗字名前」


テレビのなかでは男の子も無事空き巣を撃退していました、とさ。

メリークリスマース2012