short | ナノ

 

大阪城に、繋がらない


登校しようと家を出た後近道のためによく通る神社の鳥居を潜ったら見知らぬ城跡のようなところの入り口に立っていた。目の前を行くのは怪しげな目でこちらを見るちょんまげ、ちょんまげ、ちょんまげ、ちょんまげ。馬に乗ったちょんまげ、ちょんまげ、ちょんまげ、SM仮面、ちょんまげ、アーモンド、ちょんまげ、ちょんまげ…ちょんま…

「げええええええ!!」

「貴様!何者だ!!」

「ここどこォオオオオオ?!」

苗字名前、捕まりました。


「君は一体何者なんだい?」

「いや、だからわたくしめはただ近道をしようと神社を通っただけのしがない大学生でむしろわたくしの方こそここがどこなのか貴方達が誰なのか知りたいというかなんというかすいません出直してきたいので帰らせてください」

「貴様まともな言葉は発せられないのかァアアア!!!半兵衛様が困っていらっしゃるのが分からないのか貴様ァアアア!」

落ち着けよアーモンド。横のSM仮面は笑ってるぞ、いや、だから笑ってるってやばいってSM仮面。てか刀の刃を首に向けないでええええ!…と、ここまでが自分の心境なわけで決して口には出していない。突き付けられた刃の威圧感を感じながらぬけぬけと発言が出来るほどあたしは馬鹿ではない。縛られた両手のせいで思うように身動きは取れず正座させられているために既に足が痺れた。加えて周りには大勢のちょんまげ、そしてホワイトチョコレートコーティングのアーモンドときっと美人なSM仮面。詰まるところあたしはここから動けない。辺りをいくら見渡したところであたしの見知った風景は無い上にあまりキョロキョロし過ぎるとアーモンドの刀の餌食になる事は必至だ。

「ならば質問を変えよう。君はどこから来たんだい?その装いだって、僕はこれまでに一度も見たことがない。まさか異国?なんて事はあるまいね」

「日本です日本。あなた方と同じ言語を話す国ですもう少し言葉は砕けたけど世界で唯一母国語を日本語とする日本国です」

「にほん?日ノ本を随分と面白い言い方をするんだね。それに世界で唯一?まるで世界を知っているかのような口振りだけど」

「世界?そら当たり前ですよ!てかそういえば今思い出したんですけど今日教養科目の世界の気候と文明文化のテストなんです!全く勉強してないから今からしないとヤバいんですけど帰しては貰えませんかね?進級が掛かっているんですあたし!!」

ここまでSM仮面に言ったところで、そういえばあたしのリュックはどこへ行ったのだろうかと思い立ち周りに構わずキョロキョロした。怪しまれるかもしれないが教科書が無い事には勉強が出来ない。赤点まっしぐらの判定もF。あたしからすればそれは例え今違う時代に飛ばされているとしても、それよりも教科書が無い事の方がだいぶやばい。見当たらないリュックの行方と自分の結末を考えては溜め息を抑えられずアーモンドがあたしの耳元で再び甲高い声で何かを叫んだ時だった

「半兵衛様!娘の荷物からこのようなものが!」

髭のはえたちょんまけがあたしの赤いリュックをわし掴みしながらこちらに向かって走ってくる。片手にはあたしのとっている科目の、教材。もっというなら世界の気候と文明文化の教科書が。

「あああああ!それあたしのです!それないと今日のテストやばいんですってまじで!単位!単位!」

「貴様大人しくは出来ないのかァアアア!!」

「さっきから君はてすと、てすと、てすととはなんだい?それにこれは…地図…?まさか、異国の…?!」

あたしの教科書を勝手に開いたSM仮面が開いたページは世界地図が載っているところだったらしい。食い入るようにそれを見つめたSM仮面は暫く他のページを眺めた後あるページでページを捲る指を止めあたしに差し出した。そこには携帯で電話をする若者が数名。横断歩道で信号の色が変わるのを待っているといった場面だろうか。なんの変哲も無いその挿し絵に首をかしげるとSM仮面はあろう事かおかしそうに笑みを浮かべた

「な、そんな挿し絵のどこが楽しいんですか?しかもただのつまらない近代文明のページだし」

「君はこの本が読めるらしいね。しかも南蛮語まで。まるで本物を抜き取ったような絵に似ているようで見たこともない文字、衣服、そしてこの絵の中の人間が耳に当てているからくり。これは一体、なんなんだい?」

ここで本格的に、自分は現代から遠く離れた世界に来てしまったのだと理解せざるを得なくなってきた。どんなドッキリビックリかとも思いきやそうでもなさそうだ。真剣にあたしに尋ねるSM仮面に何か説明できるものは無いかと辺りを見回し、あたしはある事を思い付いた

「あ、それならありますあります持ってます!見せます!」

「なんだって?どこにあるんだい?君の持っていた風呂敷には入っていないみたいだったけれど」

「風呂敷じゃなくてリュックですけどそんな事よりそこじゃなくてあたしが今持ってるんです!ポケットの中に!誓って逃げないんで縄を解いて頂けたらお見せします!」

我ながら得策。これなら逃げられないにしても自由に身振り手振りあたしが怪しい人間じゃないという事を説明出来る筈だ。命が助かるかどうかも勿論心配だったがそんな事よりあたしのテストが大丈夫かどうかの方が気になって仕方がない。とりあえず縄を解いて貰う事に成功したらテストだけは受けさせて下さいと土下座でもしてみるか。なんてぼうっと考えながら考え込むSM仮面に目をやる。しかし綺麗な顔してんなここひと、なんて思えるのは心のどこかに変な余裕が生まれたから。SM仮面の仮面無しが現代にいたらあたし絶対ストーキングしちゃうわ。間違い無い、

さわさわ

「わ?…って、何してんだこらァアアアアーモンドォオオオオオ!!レディーの服の中に手ェ突っ込んでんじゃねえぞクズがァアアア殺すぞデス・オア・ダイ!」

「ふん、貴様如きなんとも思わない。そんな事よりそのからくりをどこに隠し持っている!!大人しく差し出せェエエエ!!」

「はぁあああ??無理!アーモンドみたいな変態にゃあ絶対やんねえよ!!死ね変態!」

「貴様、身の程をわきまえろ!!!私が死ぬだと?貴様が死ね!いいや私がこの場で残滅してやる!!」

残滅?ひとの服に手を突っ込むような変態に殺されてたまるかくそ野郎。一度首から離されていた刀を再び突き付けられてももう怯える気になれないあたしはジリ、とあたしを見下ろしてくるアーモンドを睨んだ。話の分からないアーモンドなんかと話していたってらちがあかない。そのまま舌打ちをしてやったところでSM仮面があたしの視界の隅で動くのが見えた

「三成、その子の言う通りだ。仮にも女の子なんだ、そう簡単に触れてはいけないよ」

「は、しかし半兵衛様…「とりあえず、秀吉のところに連れて行ってどうするか決めよう。それでいいね?」

「え、あ、はい…ありがとう、ございます…?」

有り難い神のようなSM仮面の助言で難を逃れたあたしは縄を解いてはくれないにしてもとりあえずなんとか一番偉い人、秀吉?なんか豊臣秀吉みたいな名前のひとに会えることになった。出来れば一刻も早く学校の図書館に行ってテスト勉強をしたいところだけど考えてみたらどうしたらいいのかさっぱり分からない。だとすれば一番偉いひとに話を聞くのが一番なのではないだろうか。大人しく頷くと不服そうな顔をしたままのアーモンドが座っていたあたしを俵担ぎの体勢でひょい、と持ち上げた。

俵担ぎ?

「ギャアアアア!!」

「うるさい黙れ!!貴様は大人しく連れていかれろ!!」

「いや、歩く!歩くよあたし歩ける歩けますまじで!!!」

担がれてる担がれてる担がれてるゥウウウウウ!下ろせ下ろせと駄々を捏ねるように手足をじたばたさせても届かない地面。見るからにほそっこくて体力も筋力も無さそうなその体のどこにこんな重たい肉の塊を持ち上げる力があるのか甚だ疑問だがそんな事よりもとりあえず下ろして欲しい。変わらずじたばたと足を動かしているとぼかっと脇腹に鈍い痛みが広がった。どうやらアーモンドが空いている手であたしの腹を殴ったらしい。どこまでもデリカシーの無いやつ!仕返しにとケツを思いきり叩いてやったら今度こそドッタンという音と共に地面に叩きつけられた。鼻から落ちた!鼻から!

「くっそアーモンド」

「貴様人間としての尊厳が欠けているらしいな」

「お前に言われたくないよ?!ひとの服に手突っ込むわ腹叩くわ落とすわ、人間のすることォオオ?!」

「煩い着いたぞ。いいか、これから会うのは秀吉様だ。この敷居を潜ったらとりあえず土下座しろ。膝をつき頭を垂れ敬意を示せ女」

「なにそのSMプレイの予兆!」

「貴様の言葉は何一つ分からん。いいか、守らなければ即座に私がその首掻っ斬ってやる」

「恐怖政治!」

これから会うその秀吉とかいうひとは一体どんなひとなのだろうか。話しは通じるだろうかテストは受けさせてくれるのだろうか。先に敷居を潜ったアーモンドを見ながらそんな事を考えた。どうしてだろうか、なんだか敷居ひとつ、なんとでもない筈なのに目の前のアーモンドが突然ものすごく遠いところにいるような気がしてきた。

「あーそーだ」

「なんだ」

「あんた名前は?」

「貴様に名乗る筋合い「名前は?」

「…石田三成だ」

「ふうん、あ、あたし苗字名前でーす」

「興味無い」

うっざーい!!うざったいうざったいうざったいうっざーい!!興味無い、とか何格好つけてんの?死ぬの?一歩を踏み出そうとした足を止めべえーっと舌を出すと刀に手を掛けるところが目に見えてしまったので慌ててそれをやめた。敷居の向こう側から、準備ができたのかSM仮面が笑顔で近づいてくるのが見える。腹を決めて会いに行くか、テストのために、単位のために!

「うおっしゃあああ!」



ぽんっ

かぶりを振って敷居を跨いだ時だった。瞬きをしながら大きな一歩を繰り出し敷居を潜った筈のあたしがあたりを見回すと



「いん?」



リュックを背負ったまま、神社の鳥居の前に経っていた。時間は朝の8時10分。家を出てから10分しか経っていない。慌てて辺りを探してもアーモンド達はおろかあたしが跨いだ筈の敷居さえどこにもなかった。

「およろ?なんだ、夢?」

取られた筈の教科書も全てリュックの中にある。全て夢だったのか、なんだったのか。しかしとりあえずはテスト勉強をしなければとあたしは学校足を向けた。携帯につけていた亀のストラップが無くなっていることには気付かずに。