short | ナノ

 


両親は最近執拗なまでにあたしに縁談を進めてくる。年頃になったあたしのためだと笑いながら良い親を演じようと、あたしに婚姻の相手の選択権を与えてくれた。それは両親の持ってきた縁談を断る権利がある、という事でこの時世、親が大名であるにも関わらず縁談の可否を自らが決められるだなんて先ず有り得ないと家臣達はあたしを羨んだ。好いている者と結ばれる事を許されているのだと侍女達も称賛をくれたが、あたしは両親の真意を知っている。両親はあたしに良い人がいないことを知っているのだから好いた者との結婚が有り得ない事を従順に承知した上で子に恩を売るような真似をしたのだ。それは則ち、最良の縁談相手を選び一族繁栄のために嫁げという遠回しな命令。育ててくれた、という恩を仇で返すつもりは毛頭無いが、少々落胆はした。結局両親は子を手段としか見ていなかったという事実の前に、あたしは小さな抵抗を思い付いた。

「何を頂けます?」

「…は、貴様は骨の髄まで腐っているらしいな」

「対価がなくては駄目。安い同情や莫大な金銭などというものでは私を買う事、きっと叶いますまい。故に先に申しておきましょう」

「何が欲しい」

あたしは生まれてこの方欲しいものを与えてくれる人間に会った事がない。それはあたしを孕み産んだ親でさえくれなかった物なのだから他人がそれを与えてくれる訳がない事をあたしは昔から知っている。だから婚姻の話、縁談がある度にあたしは相手の殿方に毎度執拗に同じ事を聞いては繰り返して破談させてきた。その質問はどんなに気位の高いどこぞの領主であったとしても馬小屋で生まれ育ったような身なりの百姓だとしても同じように繰り返される。今まで十を越える縁談に恵まれてきたが結局、あたしの欲しいものをくれると口に出した者はいなかった。

「その問い、お答えする事は出来ませぬ。私の欲しい物が分かった方と縁を結ぶと心根に固く誓いました身に御座いますれば」

「身の程を知れ、女」

「名は、名前に御座います。石田様」

さて目の前にいる殿方の下の名はなんと申したか。遠い国からわざわざこの地まで赴き私に縁談を迫るこの男の名を、私は覚えていなかった。否、覚える必要など無いと思っているのが本意であるのだがそれを口に出したところで何になろうか。この縁談も何れは破談になりこの男が私のいるこの国を攻めてこない限り二度と会う事も無くなるだろうに。だから本来ならばきっと私が名を知らない目の前の殿方に自らの名を一度以上口にする必要もないのだが、女。という言葉は不特定多数の殿方ではないもう片方の性別を述べる場合に用いられる。自尊心か、はたまた相手に対する抵抗か。それとも或いは違う何かなのかは定かではないがこの時私は殿方、石田様に自らの名を自らの意思で言葉にした

「ならば名前、改めて聞こう。やはりそれ相応の金か、それとも地位か。この地の安泰なのかそれとも、それ以外の何かなのか」

「ふふ、何度同じ事を聞かれても私の答えは相も変わりませぬ。それならば、石田様。石田様は私に何を下さいますか?他の殿方からは頂けない、特別なそれを頂く事は出来ますか?」

私の言葉を聞いた石田様はどうやら憤慨されたらしい。透き通るような肌こそそのままであるが眉間には皺を寄せ今にも私を殺してしまいそうな威圧が伝わってくる。もしここで殺されてしまえばきっとそれも世の情け。来世にて本当に欲しいものを得ろと言う思し召しなのだと諦めることも容易だろうと私は思っている。だから恐れの持たない表情をそのままに、ありのまま笑みを浮かべると目の前の殿方は痺れを切らしたように立ち上がった。この縁談にも恵まれなかったかと殿方の背を眺めているとふと、障子をあけようと下手を止め彼は振り返った

「私が貴様と縁を紡いだところで与える事の出来る事物には限りがある」

「ならばこの縁談は」

「いいか一度しか言わん。私が貴様に与えられる物は3つきりだ。他の物を乞う事は許さない。ひとつ、衣食住。ふたつ、貴様の国との同盟、そして三つ目が、私だ」

もしも私に思考回路の流れが読めるのだとすれば、今その回路は止まっている。石田様が私に下さる物の中に聞いたことの無いものが含まれていた所為だ。石田様が私に下さると言ったその最後の言葉、それが真なのであれば或いは。目の前のこのこの殿方が私の欲する一番近いものを与えてくれるかもしれない。だが期待してそれを貰えなかった時の絶望は大きい。言葉を発することをしない私を見た石田様はゆっくりと再び私の座る正面まで戻り屈むこと無く私を見下ろした

「石田様?」

「私に情など無い。元からそのような物を持ち合わせた覚えもない故に、貴様が親に愛されなかった事実について哀れむ気は微塵もない。だがもし貴様が望むのであれば私は貴様に私の全てをくれてやる。その中に親から受け取れなかったものが含まれるかどうかは、貴様が見つける事だ。いいか、ここまで私に言わせたのだから最早拒否は認めない」

凍てつくような言葉に心は凍えてしまいそうな筈なのに、心が高鳴る音が聞こえてくる。期待して良いのか、この男に絶望することは無いのだろうか。それでも考える前に差し出した手を取った目の前のこの男を私は受け入れてみようと素直に思った。誰もくれると口にしなかった私の欲するそれを与えると公言した石田様はどうして、親からそれを与えて貰えなかった事を知っているのだろうか。何れにせよ私にある選択肢はひとつのみ

「…んか」

「なんだ」

「下のお名前を、教えては下さいませんか?これから末の長い仲になりましょう故に」


「三成だ、石田三成。覚えておけ、そして決して忘れるな」

忘れる事など永刧有り得ない。私は聞いたのだ、私の欲しいものを与えるという約束を。そしてそれを成し遂げる男の名を