short | ナノ

 

節操も意味も無いただ暗いだけの鬱な話

色の褪せない物が欲しい。いつかは廃れてゴミ箱の中に放り込まれるような浅はかな歴史より永刧あたしと共に在れる確かなものが欲しいのだ。過去では無く未来を描くことのできるキャンバスの上を色褪せない絵の具で塗りたくって、この現実から逃げ去ってしまいたいと、心の奥が叫んでいるのに、時間は残酷にも人々に平等に刻まれる。それが悲しくて、嬉しくて。吐き気が止まらない

「名前」

「石田」

「無様だな」

刻まれた傷にだって癒えが訪れ過去の栄光に変わると言ったのはどこの偉人だったか。最も、あたしの身体中に刻まれている傷は自らが好んで負ったもの故に栄光になることはなくそれどころか何年も過ぎれば滑稽な真似だと笑われるやもしれぬ証拠になるだけの自虐。衣服を剥げば露になるその証拠を前に男は目を細めた。男の名前は石田三成。先程出会ったばかりで気も知れぬその人物はまっすぐにあたしの腕に刻まれた数々の証拠を見ながら呟いた。あたしの証拠を見た者はいつも、同情し抱き締め大丈夫だとあたしを仄めかす。一体何が大丈夫なのか、あたしには理解出来なかった。同情なんて薄い感情は色褪せるどころか一瞬の過去にも満たずに心から消え去る。だからそれならばこの男のようにあたしを嘲る方がよっぽど、存在を認められているような気がして心地よい。

「貴様は弱い」

「そうさ、あたしは弱い」

「私と、同じだ」

石田はひとつひとつの証拠を確認しなぞるように舌を這わせた。生温くざらざらとしたその感覚はそれだけで身の毛がよだつ程興奮するのだから面白い。石田は自らを弱いと断言した。あたしは彼の何を知るわけでもないが彼が弱いというのだからそうなのだろう。同族嫌悪をする必要性の欠片も感じられないあたしはただ笑みを浮かべたまま、腕に舌を這わせ続ける彼の額に口づけた。弱さを認める人間は嫌いじゃない。逃げを認められる人間こそその本質をわきまえていると思うからだ。

「石田は、綺麗だな」

「貴様こそ、この傷さえ無ければ変わり無い」

「羨ましい」

あたしよりも遥かに白く透き通った肌、少食なのか綺麗なラインを描く腰回り。対照的な自分に腹が立って、認めないように彼の薄い胸板に顔を埋めたら背中に激しい痛みが走った。思わず悲痛に顔を歪め目線を石田に移せば男は心底愉快気に笑みを浮かべていた。石田はどうやらあたしの背中に爪を立てたよつだ。じわりと血の滲む感覚がゆったりとしたスピードであたしの脳へと伝わり次第に痛みがあたしの五感を支配する。あたしの血は赤いらしい。だけれど目の前の男の血が赤色だとは限らない。証拠が欲しくて仕返しがてら男の背中に思いきり爪をたてたら男は平然とそれを受け止めた。

「この傷もいつかは消える。永遠など存在しない事など貴様も分かっている筈だ」

石田はあたしに言ったのか、それとも自らに向かって忠告したのかそんな事を口走った。あたしだって永遠など存在しないことはずうっと前から知っていた。ただ認めないだけ、それを信じないだけで永遠なんて所詮人間の作り出した造語。それを信じることでそれは真実になるのだ。どこかの偉い思想家が発案し現代に置いても研究が続けられているある仮定と結果がある。それは"知る"という動作について、何を基準にひとは知るというのかだそうだ。知ると発言するにはいくつかの条件が必要らしい。その前提が真実であり、その前提が正当であり、そうだと信じている。この条件を満たすものをひとは知っているというらしい。永遠という言葉をあたしは信じているし人々も永遠という言葉の存在を肯定している。そしてまだ結果の分からない真実は強い信念の下に真実と見なされるのだから永遠をあたしは知っている。しかしそれが真実かどうか、それを知る術はない。それでもあたしは

「あるよ。あたしは信じているからね」

「狂った女だ」

「なんとでも。それに今新しく知ったこともある」

男の血の色は同じ赤色だ
体内に流れる血の色は生きる限り褪せる事無く、同じ赤色のまま