short | ナノ

 

伊達っぽい徳川
いや、徳川


「ワシはお前が好きだ」

嘘つき。好きだと言ったくせに。あたしを好きだと笑ったくせに。それは嘘だったのか。

徳川に彼女ができたという噂は瞬く間に校内中を駆け巡った。相手は後輩の女の子、ふわふわで可愛いという言葉がよく似合う子らしい。いつものように自転車置き場の屋根に登って寝転がっていたらだいぶ遅れて登校してきた伊達ちゃんがあたしを哀れんだような目をしながら教えてくれた。自転車置き場からあたしを見上げる伊達ちゃんをひと睨みしてやったらへらりとにと笑い、あたしのいる屋根の上に登ってきた。

「なにさ」

「Ha,その様子じゃだいぶ堪えてる様子だな名前」

「別に」

伊達ちゃんは苦手だ。確かに仲はいいのだけれどなんだかあたしの思っていることが筒抜けな気がして居心地の悪いときがある。今だってそうだ。つくつくと堪えるような笑みを止めない伊達ちゃんにイライラして眉間にシワを寄せたまま盛大に舌打ちしゆっくりと立ち上がったところで角からひと2人が曲がってこちらに来るのが見えた。見たくなんか、ない。

「Ah?どーしたんだよ」

「あんな奴、嫌い」

あたしの様子を変に思ったのか立ち上がった伊達の目線の先にも同じ人物が映ったのだろう。先程まであんなにおかしそうに笑っていた伊達ちゃんは後頭部をくしゃくしゃと掻きながらあたしに掛ける言葉を探しているようだった。最も、そんな言葉はいらないのだけれど。

徳川とは1年半くらい交際を続けただろうか。入学したばかりで他人の事をよくも知らないくせにあたしを優しい可愛い面白いと毎日のように褒め称えたのが徳川で、最初はずっとうざったいと思っていたのにいつの間にかあいつの横にいるのが心地よくなった。告白は、お互いなかった。なんとなくそういう雰囲気になった。徳川はあたしに凄く優しくしてくれたし、勿論周りにも優しかった。でも段々付き合っていくうちにあたしの中で独占したいという欲が生まれ始めて、誰にでも優しい徳川が疎ましく思えるようになったのだ。それからあたしは彼に優しい言葉のひとつも掛けてやれないまま、2年生の冬に別れた。それでもまだ耳の奥には徳川から聞いた言葉が残っていてあたしの聴覚を刺激する。もうとっくに忘れていたと思っていたのに。目の前をあたしの知らない女の子と通りすぎる徳川を見ているとどうしようもない思いが溢れ出しそうになった。

「Hey,名前」

「ん?」

「be relax, you look like you're gonna cry」

「うるさい」

これ以上徳川を見ていたくなくて、合いそうになった目を無理矢理反らして伊達ちゃんの影に隠れた。無論、これが隠れた事にならないことは分かっているがあたしが徳川を避けているということが彼に伝わればそれでいい。案の定徳川は足を止めたらしい。静かな空間に聞こえていた二つの足音が聞こえなくなった。伊達ちゃんは徳川を見たままよ、と挨拶をしていたがあたしはそんな事死んでもしてやらない。

ちらりと覗くように伊達ちゃんの後ろから徳川を見ると徳川は視線をそらすことなく、あたしを見ていた。何を咎められたわけじゃない。なのにどうしようもなく目の前にいる徳川が怖くなって、伊達ちゃんのシャツの裾を思いきり握ると伊達ちゃんはあたしの頭にぽんと自分の手を乗せた。

「伊達政宗、元気か?」

「No problem. and you?お前の方は死人みてえな顔してるぜ?徳川家康」

「相変わらず面白い事を言うんだなお前は」

「No kidding!そっちの可愛いladyがいながら、そんな顔するたァいいご身分だな」

徳川が、目を細めた。伊達ちゃんが誇らしげな笑みを浮かべながら後ろに隠れていたあたしを抱き寄せあたしが体勢を崩して伊達ちゃんの胸元に倒れ込むと、伊達ちゃんは一層おかしそうに笑みを浮かべた。徳川の眉間のシワが深くなったような気がした。

「He who runs after two hares will catch neither. Too late to catch again, you see?諦めるこったなァ徳川家康」

へらりと、伊達ちゃんがそんな事を言った時だった。


「ちょっ、さっきからなんなんですか!家康くんは悪くないじゃないですか!名前先輩との事だって、もう過去じゃないですか!」


突然、それまで黙って伊達ちゃんと徳川の会話を聞いていた女の子が伊達ちゃんに向かって大声をあげた。目いっぱいに涙を溜めて、今の彼女は自分なんだとあたしに見せつけるように徳川の腕に自らの腕を絡ませ無理矢理この場を去ろうと腕を引いた。その光景がどうしようもなく滑稽で、羨ましくて、馬鹿馬鹿しくて

「もうやめてよ」

「Hum?名前」

「もうあたしを、苦しめないで」

伊達ちゃんの腕を引きそのまま徳川とその子の前で、伊達の唇に噛みついた

もういい、あたしを苦しめる要素なんて、いらない。呆然とその場に立ち尽くす徳川をいいことに伊達ちゃんをつれて屋根からジャンプし場をあとにした。分かってる分かってる分かってる分かってる分かってる分かってる分かってる分かってる分かってる分かってる

あたしはもう、過去だ