あの頃 3
「…おーい、ティナ?どうした?」
「え、あ、ごめん」
あまりの衝撃に、しばらくだんまりを決め込んでいたらしい。
「へー…ダンテがねぇ…」
「なんかお前、失礼な事考えてないか?」
「いやいやいや。それより、ちなみにどんな仕事?」
「あ?どんなって…んー、一言で言やぁ"危ない仕事"ってとこか」
「へー」
危ない仕事、か。
でも便利屋っていうと幅広く依頼を請け負うんだろうから、そういう仕事もあるんだろうな。
それに、ダンテが腕が立つ奴だっていうのは有名な話だ。
「…なぁ、ティナ」
「ん、何?」
「俺の本当の職業、教えてやろうか?」
「…は?便利屋じゃないの?」
「それは隠れ蓑みてぇなもん」
いきなり何を言い出すかと思えば。
隠れ蓑、と聞いて真っ先に浮かぶのは、正体を隠して人知れず活躍するスーパーヒーロー。アニメやマンガでよくあるよね。
…でもダンテに限ってそれはないか、うん。週休6日のヒーローってどんなだ。レディに聞いた話じゃ、自分の事務所ではピザばっか食べてる怠惰人間らしいし。
「…じゃあ、本当は何なの?」
「デビルハンター」
「え?」
デビルハンター、って…
「悪魔退治を専門にしてるっていう、デビルハンター?」
「そうそう…って、なんだお前、知ってんのか?」
「うん、なんか前にお客さんがそんな話してたの聞いた」
さすがに店に来るお客さん全員の話は聞こえないけど、その人は話し声デカかったし、なんとなく興味のある話題だったから覚えていた。
その時は半信半疑だったけど、本当にある職業だったとは。
「じゃあ、悪魔ってやっぱり居るんだ…」
「あぁ、案外身近にな」
「なら、魔剣士スパーダの伝説もおとぎ話じゃなくて、本当にあった事だったとか?」
「…どうだろうな。さすがに二千年も前の事は分からねぇよ」
スパーダ伝説の事を口に出した途端、ダンテの表情が複雑になった。なんだろう、らしくない顔だ。
なんとなく、ダンテのそんな表情は見たくなくて、他に気になった事へと話題を変えてみる。
「ところでさ、なんでいきなりデビルハンターの事教えてくれたの?」
「ん?…そういや、なんでだろうな。なんとなく?」
「なんだそれ」
「あー…あれだ。お前この間、俺がちゃんと仕事してんのかって聞いてきただろ?悪魔絡みの依頼って少ねぇんだよ。だから俺はこう見えてちゃんと仕事してる、ok?」
「はいはい、そーゆう事ね」
「…さてと、そんじゃそろそろ行くかね」
「悪魔退治?」
「おう。距離が遠いだけで相手は対したことねぇから、サクッと片付けてくるさ」
「ふーん…ま、でも気を付けてね。行ってらっしゃい」
そう言ったら、ダンテは何故かちょっと驚いたみたいに目を見開いた。
「どしたの」
「いや、なんつーか…そういう風に送り出してもらうのなんて、久しぶりな気がしてな」
そういえば、ダンテは一人暮らしだって言ってたっけ。
…なんかそれ、寂しくない?
「…じゃあさ、」
「ん?」
「今日からあたしが、ダンテに"行ってらっしゃい"と"おかえりなさい"を言ってあげるよ」
"行ってらっしゃい"
"行ってきます"
"おかえりなさい"
"ただいま"
どれも短いやり取りだけど、そのやり取りができる相手っていうのは、誰しも必要だと思う。
その相手が居る場所が、自分の帰る場所になるから。
「だから、これからそういう依頼でどっか行く時と帰って来た時は父さんの店に来てよ。よっぽどの事がない限り、あたし居ると思うから」
「……あー、」
そう言ったら、ダンテはまたさっきみたいに複雑な表情をして、俯いてしまった。
あれ、あたし何か変な事言った?
「…ダンテ?」
「…ふっ、」
ちょっとだけ心配になって隣の銀髪を見上げたら、ダンテは小さく笑った。
そして、またあたしにパーカーのフードを被せてきた。
「わっ…!?ちょ、何だよもう!」
「ははっ、別に?やっぱ面白い奴だな、お前」
ダンテはいつも通り笑っていた。何だよ、ちょっとでも心配して損した。
なんか泣きそうな顔に見えたのは、気のせいだったみたいだ。
「じゃ、行ってくるわ。…ありがとな、ティナ」
ぐしゃぐしゃとあたしの頭を撫でていた手が離れたからフードを取ると、ダンテはもう背中を向けてけっこう遠くに居た。
紅いコートが、夕日に溶けていくように見える。
「…行ってらっしゃい!」
少し大きめの声で言うと、ダンテは歩いたまま片手を上げた。
なんとなくしばらく見送ってから、あたしもまた歩き出す。一旦家に帰って、やっぱり今日は店に行こう。
それで、父さんにさっきまでの事を話そう。ダンテの本当の仕事、父さんは知ってたのかな…たぶんもう知ってそうだ。
自然と早足になったのが分かる。
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