王道のチェックメイト

お茶を淹れ直そうと紅茶の缶を持ち上げた瞬間、キッチンの棚に強か手をぶつけてしまった。
鈍い痛みと、綺麗に伸ばした爪に入ったヒビ。
片手だけ塗り終わったマニキュアに意味がなくなってしまったのを感じ取って、私は溜め息を吐く。


「hello?……なんだよ、またイタズラ電話か?」

「…おかえり。」


コンロに火を点けた時、ふいに背後で響いた声に振り返って一言、迎えの言葉を口にした。
振り返った視線の先では、無言か悪戯か、意味のない電話に不機嫌そうな返事を呟いて受話器を置くダンテの姿が見える。


「ただいま名前。…まだ怒ってんのか?」

「別に。早かったわね。」

「面倒な事になってなかったからな。」

「そう。それならきっと、私と協力したらもっと簡単だったでしょうね。」

「やっぱ怒ってんじゃねぇか。」

「当たり前よ。いつもいつも「来るな。待ってろ。」って、お荷物扱いされて気分良いわけないでしょ!」


そう言う私に、やれやれと溜め息を吐く彼を見てますます苛立ちが募った。
昔馴染みでありながらデビルハンターとしての出会いは唐突で、仕事を取り合った日々が今となっては懐かしい。
ダンテと幼馴染みを脱出し両想いになって、二人で暮らし始めて、幸せに違いないのに私たちはどこかが噛み合わなくなってしまった。
私だって闘えるのに…。家でいつ帰ってくるかも分からないダンテを待つしか出来ないのが辛くて、不安と不満が次々に溜まっていく。


「…私にだって、頼ってほしいのに。」

「危ないって分かってて…、連れて行けるかよ。」

「どうして!……私だって、今まで戦って生きてきたの。だから危ない事なのは誰よりよく知ってるわ。」

「だったら尚更だ。お前はもう、危ない目にも怖い目にも遭う必要なんてない。名前の事はこれからずっと、俺が守るって言っただろ?」

「そうだけど…でも。私、あなたが心配なのよ…。いつか戻って来なかったらどうしようって、いつも…。」


俯きながら、段々とぼやけていく視界に瞬きを繰り返す。
瞬きで振り払った涙がぽつぽつと足元に落ちて、幾つかの水玉模様が床の上に作られた。
直ぐ様ブーツの重い足音が響いて、私の背にダンテの腕が回る。
ぎゅっ、と正面から抱き締められて、濡れた頬がコートに触れ軽く涙を拭い取った。


「心配、か…。」

「心配に決まってるじゃない…!待っても待ってもダンテが戻って来なかったら…私もう意味がない…。」

「お前が俺を心配してくれるように、俺もお前が心配なんだぜ。」

「私が…?」

「もし戻って来なかったら…、目の前で殺されでもしたら…って考えたくなくても考えちまう。すぐ治るのは分かってても、目の前でケガなんてされたら気が気じゃねぇしな。……もし名前が居なかったら、俺も意味なんてないんだよ。」


足手まといだとか、弱いからとか、そんな単純な理由で彼が私を連れて行かない訳ではない事は、本当は分かっていた。
それでも不安に潰されそうになって、どこまでも我儘な気持ちで接してしまった私にも、変わらず優しいダンテの本当の気持ちを伝えられ、思わず私は抱き締められながら声を上げて泣き出してしまう。
あやすように頭を撫でる手の温かさだけが、泣きじゃくる私に届いた。
涙が渇れたら、まず最初に彼に謝ろう。
謝って、不満も全部伝えて、ダンテの話をきちんと聞こう。
そしてしっかり話し合って、全てをちゃんと決めれば良い。
ごめんな。と謝りながら髪にキスを落とすダンテの頬に触れて、私は彼の胸にすがっていた顔を上げる。
涙でぼやけてしか見えない彼の目を真っ直ぐに見つめてから、軽く唇を重ね合わせた。



王道のチェックメイト
(我儘言ってごめんなさい)
***
『Tosca』のめりろ様からリクエスト企画でいただいた小説です。
初代夢で幼なじみ半魔夢主、お互いに心配してるシリアス甘でリクエストしたのですが、初代の彼女を戦わせたくない理由が深すぎて…!
足手まといだとか、弱いからとかそんな理由じゃなくて、自分と同じ半魔であったとしても怪我をさせるのが嫌だ、大切な存在を失うのが嫌だっていうところに優しさが滲み出てて…!後ろからのハグとか、髪にキスとか甘々でよかったです。
きっとこの後、いろいろと話し合って、時々は依頼に連れて行ってもらえるようになったんじゃないかなと思います(*^^*)
めりろ様、ありがとうございました!

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