スイーツまでの道のりは長い 6

ジャガー姿の魔獣と取っ組み合い、噛み付き合い、そして爪で攻撃を繰り返して戦いつつ森を走ること数百メートル。
髭もジャガーも深くはないが浅くもない傷を負いつつ、攻防を続けていた。
とはいえ、これしきの傷ならばしばらくすればふさがるだろう事も想像に難くない。

純粋な獣の牙爪、肉体同士のぶつかり合い。
しばらく続き、毛並みが汗と埃に濡れた頃、髭が一度体勢を立て直そうと体に木属性だからこその草を生やして木々の間に溶け込んでいると、相手の気配の方も完全に途絶えた。
ゆらり、揺らいだあとに消え去り、一瞬でどこにいるかわからなくなった。

「な…!ジャガー野郎、どこ行った!?」

もちろん、獣の匂いすら残っていない。
髭と変わらぬ体躯を持ち得ながら完全に隠れ、更に髭の鋭い五感からも逃げられるというのは、なかなかないことだ。

ーーピチョン。
その時、背後で水の垂れる音がした。

後ろを振り返った瞬間、水で出来た無数の刃が、こちらめがけ飛んできた。
ウォータージェットという水によって物を切断する機械がある。水も高速で発射されればいとも簡単に、刃物と化すのだ。
その要領で飛んできた刃は、周りの木々を次々に切り裂いていく。

そしてジャガー本体は、なんと水に溶け込んでいた!
どこのシャワーズだよって言った奴出てこいそして僕と握手!!

「ちぃっ…やっぱあいつ水属性だったか!」

バシュッ!バシュッ!!避けきれなかった刃が、髭の体に当たり傷をつけていく。
切り裂かれた皮膚や自慢の毛皮は、血と水でしとどに濡れていた。

なんとか致命傷は避けた。
「う、お?」

が、避け続け髭のよろめいた先は、ほかの魔獣たちも利用するだろう、大きな水場だった。
バッシャーン!!
激しい水しぶきを上げ、落ちて溺れゆく髭。

(くそ、知らず水場に誘い込まれたってことかよ…!)

突然のことで息を吐き出してしまったのを後悔しながら、水の中必死に目を開け水を掻き、水面を目指す。
すると、こちらに向かって一直線に泳いでくる者があるのに気付いた。ジャガーだ。

(げえっ、あいつさすが水属性だぜ。泳ぎも得意ときたか)

水属性ならば水場は得意なのは当たり前。
そして、もともとジャガーという生物は泳ぎが得意で、アマゾン川でも泳いでいるワニを捕食するほどの腕前。
そのジャガーを素体に持つ魔獣だ、なおさら泳ぎは得意だろう。
人型に戻ったところで、泳ぎのスピードは奴に勝てない事は目に見えている。

逃げられないと悟った髭は、方向転換し、ジャガーの前に躍り出た。
相手の独壇場だが、戦いなら負ける気がしない。

ジャガーは、爪を前に突き出して、水流を身に纏って突っ込んできた。
迎え討とうと角を突き出し、攻撃に備える髭。
ただし、簡単には攻撃を食らってなんてやる気はない。

(ここはお前に有利なフィールドだ。だがな、俺に奇襲なんてそう簡単にうまくいくと思うな!)

爪が髭の肩口を浅く裂いた。
お返しに頭部の角を急速に成長させて、薔薇の棘のように鋭く変化すると、相手に突き刺した。

刺さった瞬間、ビクンと一度震えたジャガーの動きが止まった。
突っ込んできたその姿勢そのままに、ジャガーの意識が一瞬で落ちる。
意識と同じでその体も、水底に向かい沈んでゆく。

髭は自分の体内で精製したヤドクガエルもビックリな猛毒を、角に染み込ませていたのだ。
水にも溶けぬ毒をたっぷりと、その身に受けたジャガーはひとたまりもないだろう。

あとは、息が続くかどうかが一番の問題。
肺の酸素量がもう持たない。
はやく、水面を目指さないと…!
酸素不足で徐々に暗くなる視界の中、髭は沈みそうになっていたジャガーの首根を咥え、必死に水面に向かって手を伸ばす。

あと少し、もう少し…!

「ぷはぁっ!!………あ゛ーーー、空気が美味い!」

目の前が真っ暗になるその瞬間、髭は水面から顔を出し、胸いっぱいに酸素を取り込むことができた。
…死ぬかと思った。

水から上がってブルブルブルと体を乾かす。
その隣には、先ほどのジャガーが毒にやられて伸びていた。

こいつは悪さ自体は何もしていない魔獣だ。拳は交えても、命までとるわけにはいかない。
そう思い、つい助けてしまった。
リアラとパートナーを組む前は、こんな甘い考えはしてこなかったというに、変わるものだ。

毛皮から粗方水気が絞れたところで、髭は人型に変わる。
そして体内で精製した解毒薬をジャガーの口にひと垂らしすると、その頬をぺちぺちと叩いて呼びかけた。

「おーい、大丈夫か?」

ぐるる。小さく唸り声をあげて目を開けたジャガーは、目の前の人物が先ほどまで戦っていた虎だとわかるようだ。
完敗だと、腹を見せて敗北を示してきた。

「お前も強かったぞ。
いやぁ、効いたぜ、オメェのパンチ………」

昨日の敵は今日の友。和気藹々と会話する始末。
そのまま、会話は変な方向へ進み、なんとこのエリアのボスになって欲しいとまで言われてしまった。

「は?俺がここのボスにか?
別にお前の縄張りは要らねぇよ。けど…そうだな、魔界での舎弟になるくらいならいいぜ」

チャッチャラ〜!髭は手下としてジャガーを手に入れた!!

「ま、不本意だけどな」

やれやれ、と肩をすくめる横で、ジャガーの濃紺の尾がブンブンと振られる。まるで飼い犬だ。…いつからジャガーはイヌ科になった?
まあ、解毒薬はよく効いたようで、毒を食らったのが嘘のようにケロリとしている、よかったよかった。

「お前、人間や魔女に悪さするなよ。もちろん、魔獣相手にも悪いことすんじゃねぇぞ」

舎弟に言い聞かせる兄貴分そのものに、その頭をわしゃりと撫でて命令すれば、髭の手にジャガーは頬ずりしてきた。

「……懐かれちまったな」

もちろん、ジャガーはここに置いていくことにした。これよりお前をジャングルの森林警備隊に任命する!

ジャガーの様相に苦笑をこぼしてから、一変して真剣な顔つきになり、未だリアラが戦闘を繰り広げているであろう方面へ体を向ける。
たしかにリアラは強い魔女だ。
だが、信じていても心配なものは心配。何かあってからでは遅い。
はやく、リアラの元へ戻らなければ。

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