the cat's whiskers 後
上機嫌に鼻唄まで歌いながら、立ち上がった紅が用意したのはダンテの大好物、ストロベリーサンデー。出来上がったそれを持って椅子に座ると、待ってましたとばかりに膝の上にダンテが乗ってくる。
「にゃあ!んにゃー!」
早くくれ!と訴えるその姿にほくそ笑む紅が、態とらしい演技で残念そうに言ってみせた。
「あっ、でも猫に甘い物って良くないんだよねー。お腹壊しちゃいけないし、あたしが代わりに食べといてあげるね?」
にこっ、と効果音が付きそうな完璧な笑顔だ。ダンテの動きがピタリと止まって、目がまん丸になる。猫も結構、表情豊からしい。
「にゃっ、にゃー!」
「んー、おいしー」
「んにゃにゃ!にゃあー!」
「いやあ、ほんと、残念だなあー」
必死に脚や肘に擦り寄ってみたり、大きく鳴いて訴えてくるダンテを無視して見せびらかす様にストサンを食べ進めていく。残念、と口で言いながら笑みが零れるのを抑えられない。
(なにこれ超楽しい…!)
普段なら絶対勝てないダンテが、必死におねだりしている姿はとても愛くるしくて同時に胸がスカッとする。今まで散々悔しい思いをしてきたのだ。これくらい許されるだろう。
「…欲しい?」
とうとう最後のひと掬い。スプーンの先の白いクリームに熱視線を向けるダンテへ紅が問うた。
「にゃん!」
「仕方ないなぁ」
爛々と瞳を輝かせる猫の鼻先へゆっくりスプーンを運んで…
「でもやっぱりダメなものはダメー」
ぱくり。自分の口に入れてその美味しさに幸福の溜息を漏らす。ダンテを見ると大きく口を開けたまま固まっていた。どうしよう癖になりそうなくらい楽しい。
「………」
無言のまま、静かに口を閉じた彼はのそのそと動き床へ飛び降りると、部屋の一番隅にあるソファーに飛び乗る。いわゆる香箱座りで、ソファーの座る部分と背凭れの隙間に鼻先を埋め、動かなくなってしまった。
(………す、拗ねてる…!)
なんだあれ可愛いぞ…!なんて感激していた紅だったが、流石に可哀想になってきた。
「ごめんごめん、ちょっとやりすぎちゃった」
哀愁漂う背中に声を掛ける。
「…ごめんね?」
パタッ。尻尾が一度だけ揺れる。そっと抱き上げて顔を覗き込むと、視線を合わせない様に顔を背けられた。
「………いつ、戻るんだろ…」
ふわふわでいて艶やかな毛並みは肌に触れると気持ち良い。愛くるしい姿も嫌いじゃない。けれど大人びた彼と似ても似つかないその姿に、だんだんと寂しさが募ってきた。あの温かくて大きな手のひらが、ひどく恋しい。
「…………」
肩を落とす紅に気付いてダンテは背けていた顔を上げる。こつん、とくっつけられた額に目を閉じた。
「早く、戻らないかな…」
無意識なのか零れ落ちる本音にダンテはそっと目を開ける。長い睫毛が僅かに震えていて、じわりと瞳に滲む透明なものが視界に入った。
「…ん、くすぐったい…」
紅の肌に爪で傷をつけないよう気をつけながら、ダンテはよじ登るようにして彼女の耳へ顔を寄せた。長い猫の髭が頬を擽って紅は肩を竦める。
「………寂しがり屋め」
「…え、」
耳元で囁く声は、聞き慣れた、低くて色気のある声だった。驚いて小さく声を漏らし、目を瞬くと同時に頬に一筋だけ涙が伝う。そして―――
「待たせたな」
猫を抱いていた感触がなくなったかと思うと、力強く抱き締められる。それは大きくて逞しくて、紅が何よりも欲していた腕だった。
「ダンテ…!」
一瞬にして元の姿に戻った彼の広い背中に懸命に腕を回して抱き着いた。ああやっぱり、これが一番安心する。
「良かった…戻ってくれて」
安堵からか、ダンテの胸に甘える様に擦り寄った。背中に回されたその手は、離さないとばかりにシャツを強く掴む。
「キュートな俺はどうだった?」
自分でキュートだなんて言ってしまうところがダンテらしい。俯いたまま紅が呟く。
「可愛くて、好きだけどさ。でも…」
「やっぱり、今の俺が好きなんだろ?」
続く言葉を先に言われて顔を上げた。悪戯っ子のように、けれど大人の色香を滲ませた碧眼が真っ直ぐに視線を受け止める。
「………ん。好き…」
いつもなら恥ずかしがって言わない紅が、寂しさの反動か素直に頷く。細められた瞳が、ゆるゆると上がる口角が、蕩けるような甘い笑みを形作った。
「………んむ、」
背を丸め、細い腰に手を添えて、触れるだけのキスを落とす。離れて見つめ合った二人は、引き寄せられるようにもう一度唇を交えた。少し開いたり、閉じたり、唇で唇を優しく食む。淡いキスは互いに甘えるみたいで、互いに甘やかすみたいで、なかなか離れられない。
「…ぁ…っ」
遂には仰け反り過ぎて紅がバランスを崩してしまった。それを支えるダンテは喉を鳴らして笑うと、柔い谷間が覗く胸元に唇を寄せて素肌を舐め上げる。
「んひゃっ!?」
突然の事に妙な声を上げた紅はニヤリと笑ってこちらを見上げる碧眼に、ものすごい既視感に見舞われた。どんな姿だって、やっぱりダンテはダンテだ。
「今日食べたストサンの分くらいは、遊ばせてくれるよな…?」
「………あっ」
すっかり忘れていた彼女が謝るよりも早く、ダンテは軽々とその身体を抱き上げる。
「食べ物の恨みは恐ろしいぞ〜」
言葉の割には寧ろ上機嫌で、けれど逃げられそうにない状況に紅は頭を抱えた。こんな時こそダンテがまた猫化しないかな、なんて思ったものの、結局はその腕から離れたくなくて、大人しく身を任せたのだった。
End.
***
『Very Berry Sundae』で3周年&30万hit企画をやっていたので、またリクエストをしてきました!
『バカ騒ぎ4Dで甘夢。完全猫化したおじさんに日頃の仕返しをする紅ちゃん。けど段々と寂しさを感じてしまう。最後に元に戻ったおじさんに「やっぱり、今の俺がいいんだろ?」と言われる』でリクエストさせて頂きました。もう、どっちもかわいい!かわいすぎてぎゅーってしたくなる!(笑)拗ねる猫おじさんまじでかわいい!おじさん体格いいから、猫だとしても膝に乗られると重そうですね(笑)銀の毛並みに碧眼のすてきな猫はどこに行けば会えますか?←
まさかのトラ猫登場に笑っちゃいました(笑)しかもイケメン(笑)猫君、進化してますなー(笑)
red様&blue様、すてきな小説、ありがとうございました!そして3周年&30万hitおめでとうございます!
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[mokuji]
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