恋せよ乙女 前


いつだったか、約束を交わした。約束というより宣言に近かったけれど。

「だからね、あたしからも若に服を贈ろうと思って」

紅は照れたように、はにかんで隣を歩く若を見上げた。快晴の賑やかな街は人々の笑顔と活気が満ちている。その中を並んで歩く二人も例に漏れず楽しげな表情を浮かべ、目的地に向かっていた。

「別に俺は、お前が俺好みの着てくれれば十分嬉しいけどな」

なんて言いつつも上機嫌で繋いだ手の指を絡めて、若は紅の耳元へ唇を寄せる。

「…ついでに夜も俺好みの着てくれると燃えんだけど」

「……っ、」

囁かれた声は低くて色っぽくて、一瞬の間を置いてから紅は頬を染め上げた。顔を覗き込んだ若はそんな彼女の様子に満足そうにニンマリと笑うと、繋いだ手に力を込める。

「…バカ若」

羞恥から睨む紅に気づいているのかいないのか、己の煩悩を膨らませる彼は鼻歌交じりに歩みを進めたのだった。

**********

憎いくらい整った容姿の彼は、本当に何でも似合う。どんな服が良いか悩んでいると、暇を持て余した若が腰に腕を絡めてきた。後ろから抱きついて、紅の頭に顎を載せる。密着して心拍数が上がる中、それを悟られまいと平静を装いながら照れ隠しに腰に絡んだ手の甲を抓った。

「若、お店の中なんだから大人しくしてなって」

「良いじゃねーか別に。俺の為に真剣に悩んでるお前がカワイイんだから仕方ねえだろ」

「…また、そんなこと言って…」

恋人になってから甘い言葉が増えたのは分かるけれど、それにしたって心臓に悪いと思う。ただでさえ落ち着かない鼓動が速度を増した。どう返したものかと考えあぐねているうちに、耳裏でチュッと音がした。

「っ!………な!…にしてるの…!」

店の中なのに大声を出しそうになって慌てて声を潜める。顔を真っ赤にする紅に若はしたり顔で答えた。

「あんまりカワイイ顔してるから、つい」

つい、じゃねーよバカ!店員さん呆れて見てるだろ!と心の中で罵声を浴びせつつ、結局声にならなかった紅は赤い顔でその店を出た。後を追いかける若は不思議そうに首を傾げながら問う。

「どうしたんだよ。俺の服買ってくれんじゃねえの?」

「あんな状況で買い物なんてしてられるか…!」

店内でイチャイチャするなんて、恥ずかしくて爆発しそう。

「いいか!次の店であんなことしたら、もう帰るからな!!」

ビシッと指差すと澄んだ瞳を瞬かせて、肩を竦めてみせる美貌が憎い。それでも繋がれた手を、絡められた指を振り解けないのは甘い言葉を嬉しいと思う気持ちもあるからで。

「ばか…」

口癖になってしまった照れ隠しの言葉を嬉しそうに受け止めた若は、紅の手を引いて次の店へと向かった。

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