最初で、最後の
※テメンニグル前の話
満月のよく見える、空気の澄んだ夜だった。
眠りについていたゼクスは、隣で動く気配に目を覚ました。
「…リアラ?」
目を開けると、寝ていたはずの娘が起き上がって窓の外を見つめていた。ポツリと、リアラが呟く。
「…お兄ちゃんのけはいがする…」
「ダンテの?」
こんな時間に来るなんて、何かあったのだろうか。だが、少ししてリアラが小さく首を振る。
「…ちがう。にてるけど、ちがうけはい」
「似てるけど、違う…?」
娘の言葉を復唱し、ゼクスははっとする。
(まさか…!)
その考えに思い至ったと同時に、リアラがゼクスの服の裾を引っ張る。
「…リアラ、もう一人のお兄ちゃんに会いにいく」
「リアラ…」
この子も、わかっているのだ。ダンテによく似た、だが違う気配を持つ者の正体を。
「…ああ。お父さんと一緒に、お兄ちゃんに会いに行こう」
ゼクスはゆっくりと頷いた。
*
妻を起こさないようにそっと準備をして、普通の狼程の大きさの魔狼姿になったゼクスはリアラを背に乗せて、気配のする方へ向かった。
(こっちか…)
リアラを落とさないように気を配りながら、ゼクスは気配を辿って駆ける。
しばらくすると、城の前に辿り着いた。ゼクスはリアラを降ろすと、辺りを見回す。
(この辺りのはずだが…)
辺りの様子を窺っていると、隣にいたリアラが腕を掴んで言った。
「とうさま、あそこにだれかいるよ」
リアラの指差す方に従ってゼクスが前を見ると、遠くに人影が見えた。その人影は、徐々にこちらに近づいてくる。
「…!」
人影の姿に、ゼクスは目を見開く。
青いコートに、左手には珍しい形の剣を持つ青年だった。ダンテと同じアイスブルーの目に、後ろに撫でつけた銀髪。
月明かりによってはっきり見えるその姿に、ゼクスはある名を呟く。
「…バージル…」
その呟きが聞こえたのか、青年が足を止めた。こちらを見つめ、静かに口を開く。
「…ゼクスか」
「生きていたんだな、バージル!あの時いくら探しても見つからなかったから、死んでしまったのかと…!」
親友スパーダの息子であり、ダンテの双子の兄であるバージル。エヴァが殺されたあの日、いくら探しても見つからず、悪魔に殺されてしまったのかと思っていた。だが、無事に生きていてくれたことに、ゼクスは喜びで胸が一杯だった。
「…心配には及ばん。俺はこうして生きている」
「ああ、本当によかった。だが、どうしてここに?」
「スパーダのことを調べに来た」
「スパーダのことを?なぜそんな急に…」
「…力を、得るためだ」
バージルの言葉に、ゼクスの表情が変わる。
「…スパーダの力を得て、どうするつもりだ?」
「単純なことだ。強くなりたい。そのためにはもっと力がいる」
「…何のために力を必要とする?ただ力を求めるだけでは、いつか身を滅ぼすぞ」
「貴様には関係ない」
ピリッ、と空気が張り詰める。一戦交えそうな空気の中、それまで黙って様子を見ていたリアラが口を開いた。
「…お兄ちゃん…」
リアラはゆっくりとバージルへ近づく。娘の行動に驚き、ゼクスは叫ぶ。
「リアラ!」
ゼクスの静止の言葉も聞かず、リアラは歩みを進める。バージルの目の前で立ち止まると、リアラはバージルを見上げた。
「お兄ちゃん、どこかにいっちゃうの?」
「……」
「ねぇ、リアラたちといっしょのおうちにすもう?まえに、もう一人のお兄ちゃんもすんでたって、かあさまがいってたよ」
「…俺は、お前達とは一緒に暮らせない」
「じゃあ、もう一人のお兄ちゃんのところにいくの?」
「…近いうちに、会うことになるだろうな」
「じゃあ、お兄ちゃんに会ったら、またあそびにきてねって伝えてね!」
「……」
リアラの無邪気な笑顔に、一瞬、バージルの表情が歪む。バージルはゆっくりと右手を上げると、リアラの頭にその手を置いた。
リアラが首を傾げたその時、場内から人の声が響いた。すぐにリアラの頭から手を離し、バージルは身を翻すと橋を飛び降り、姿を消した。追おうとしたリアラをゼクスが止める。
「リアラ、人が来る。見つかる前に帰るぞ!」
「う、うん…」
少し焦ったような父の言葉に、リアラは戸惑いながら頷く。ゼクスはリアラを背に乗せると、急いでその場を後にしたのだった。
最初で、最後の
(その数ヶ月後、フォルトゥナから遠く離れた地であの塔が現れた)
(それと同時に、私はお兄ちゃんが消えたのを心の奥底で感じ取ったのだった)
4.4〜6.11
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