それは、静かに、密やかに

※リアラの両親のお話。





「今日も変わらず、か」

屋根の上に座り込み、ゼクスはふう、とため息をつく。
100年前に友人スパーダからフォルトゥナ城を譲り受け、この地を守るように頼まれ、日々こうして見守ってきたが、時々出る悪魔を狩る意外には特に目立ったことはなく、平穏な日々が続いていた。

(変わらない、というのも退屈なものだな)

別に毎日悪魔が狩りたいとか平穏が嫌いとか、そういうわけではない。ただ、変わらない平淡な日々が退屈で、何かしら変化がほしいと思うのだ。
こうやって刺激を求めるのは悪魔としての本能なのだろうか、とぼんやりとゼクスは考える。

「…とりあえず、周りの見回りでもしてくるか」

再びため息を吐き、ゼクスは立ち上がった。

「特に何もなさそうだな…」

呟きながら、ゼクスは城への帰り道を歩く。
ラーミナ山、ミティスの森、街…順番に見て回ったが、特に異常はなく、悪魔の気配もしなかった。異常がないならこれ以上外にいる必要もないし、あまりうろうろしていると街の人間に姿を見られかねない。
さっさと帰ろうと歩みを早めたゼクスだったが、聞こえた小さな声に足を止めた。

「……」

小さく、微かな声だったが、確かに人間の声だった。助けを求めるような声。
声のする方に目をやると、ミティスの森がある方角だった。

(…そんな簡単にはいかない、か)

心の中で一人ごちて、ゼクスは森に向かって走り出した。

「はあっ、はあっ…!」

ミティスの森の中。息を切らせて走る少女の影が一つ。少し離れた距離から悪魔が三体、彼女の後を追いかけていた。

(まさか、こんな明るい内に悪魔に会うなんて…!)

いくら悪魔が頻繁に出る場所とはいえ、昼間に出ることはないと思っていたのに。
そう思っている内に、地面から出た木の根に足を引っかけ、転んでしまった。少女は急いで身を起こしたものの、すでに周りを悪魔達に囲まれて逃げ場はない。

キシャァァァッ!

「―っ!」

目の前にいた悪魔が鋭い爪を振り下ろす。少女が思わず目を瞑った、その時。

ガキンッ!

「―っ?」

何かがぶつかり合う音に、少女は恐る恐る目を開ける。そこには、自分を庇うように一人の男性が立っていた。

「こんな明るい時までわざわざ出てきたいのか?ご苦労なことだ。だが、さっさと消えてもらおうか」

そう言うと、男―ゼクスは手にしていた槍で悪魔の爪を弾き、空いていた左手を軽く振り上げる。すると、地面から鋭い氷柱が現れ、弾きあげられた悪魔を貫いた。その後、残りの二体の悪魔も地面から現れた氷柱に貫かれ、耳障りな叫び声を上げて消えていった。その様子を呆然と見ていた少女に、ゼクスが振り返り、声をかける。

「大丈夫か?」

「あ…はい」

瑠璃色の目が自分を見つめる。少女は頷き、ゼクスが差し出した手に自分の手を重ねた。

「ゼクスさんはお城に住んでいるんですか?」

「ああ」

少女に問われ、ゼクスは頷く。
フィーリアという名のこの少女は、森に花を摘みに来ていたのだという。両親が街で花屋を営んでいるらしく、いつもここで花を摘んでいくらしい。年を聞いてみるとまだ16歳と若く、まだ世間のことを知らない子供のように思えた。

「ゼクスさんは、何でお城に住んでいるんですか?」

「スパーダからあの城を譲り受けたからだ。もう100年も住んでいる」

今日の自分は不思議だ、とゼクスは思う。なぜ人間相手にこんなにもしゃべっているのだろう。
悪魔を相手にしたあの時点で自分が人間(ひと)ではないことはわかったはずなのに、恐れもせずに彼女は自分に話しかけてくる。

「まあ、スパーダ様から。じゃあ、ゼクスさんはスパーダ様のご友人なんですね」

「ああ。…お前も、魔剣教団とやらを信仰しているのか?」

「いえ、私は…。両親は敬虔な信者ですが、私は神様に頼ろうという気持ちがないので」

フィーリアの言葉に、ゼクスは驚く。この地に住む人間は、全員、魔剣教団を信仰しているとばかり思っていたからだ。

「でも、この地を守ってくださったスパーダ様には感謝しているんです。スパーダ様のおかげで、私達はこうして生活できていますから」

そう言ってから、あ、と何かに気づいたようにフィーリアはゼクスを見上げた。澄んだ深い緑の目がゼクスを見つめる。

「100年前からお城に住んでいたってことは、ゼクスさんもずっとこの地を守ってくれていたんですよね。ありがとうございます」

そう言ってぺこりと頭を下げたフィーリアに、ゼクスは目を見開く。

「…お前は、俺が怖くないのか?」

ゼクスの問いに、フィーリアは首を傾げる。

「怖い?なぜですか?ゼクスさんは私を助けてくださいました、自分を助けてくださった方を怖いなんて思いません」

「だが、俺は悪魔だ」

「スパーダ様だって悪魔です。他に優しい悪魔がいても、おかしくはないでしょう?それに、あなたは悪いことをするような目をしていないわ」

そう言ってじっと見つめるフィーリアに、ゼクスは戸惑う。何と返すべきか言葉を探している内に、街の近くまでやって来た。

「ここまでで大丈夫です。ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げると、フィーリアは街に向かって駆け出す。
だが、少し離れた場所で立ち止まり、振り返って笑顔でこう告げた。

「また、明日会いましょう!私、毎日あの時間にあそこにいますから!」

手を振り、再び街へ駆け出したフィーリアの後ろ姿を見送り、ゼクスは思う。

(また明日、か)

明日、また会ったなら。

(この不思議な気持ちの正体も、わかるだろうか)

今まで感じたことのない気持ちを抱いたまま、しばらく街を見つめた後、ゼクスは身を翻した。





それは、静かに、密やかに
(廻り始めた、もう一つの大きな歯車)
1.18〜2.2

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