聖夜に響く歌声
※リアラが3歳の時のクリスマス
どこもかしこもツリーやリースで飾られ、華やかに彩られる中、ダンテはある土地に降りたっていた。
「2年ぶりか…」
目の前の街を見つめ、ダンテは呟く。ダンテは今いるのはフォルトゥナ― 亡くなった母の代わりに自分の面倒を見てくれた夫婦が暮らす土地だ。
この土地の人々は魔剣教団という変わった宗教を信仰していて、かつてこの土地を治めていたとされる自分の父を崇めている。そのためか、他の宗教の行事であるクリスマスを祝うということはなく、街はひっそりと静まり返っている。
「とりあえず、山の方に向かうか」
一人ごちて、ダンテは歩き始める。
1週間ほど前、ダンテ宛にゼクスから手紙が来た。手紙の内容は、『訳あって、フォルトゥナ城から山の麓に移り住んだ』というものだった。どんな訳で城から離れたのか書かれておらず、気になったダンテはフォルトゥナにやってきた、という訳だ。場所は大まかにしかわからないが、何とかなるだろう。
しんしんと雪が降り積もる静寂の中、ダンテの足音だけが響いた。
*
「うー…寒っ」
山へ近づくごとに増す寒さに、ダンテはコートに顔を埋めて呟く。降る雪の量も増し、このままだと凍え死んでしまいそうだ。
「さて、どこから探すかね」
ぐるりと辺りを見回し、ダンテは呟く。
城から離れたのなら、人の通りそうなところには住まないだろう。たぶん、人が来ないような離れた場所にひっそりと暮らしているはずだ。
そう考えていた時、ダンテはふと何かを感じ取った。
(これは…)
感じ慣れた、親しみのある気配。ゼクスの気配だ。
微かに感じる気配を頼りに歩くと、遠くに小さな明かりが見えてきた。
「あれか」
呟き、ダンテは歩を進める。明かりの元である小さな家の前に着くと、ダンテは目の前の家を見上げる。
(こんなところに住んでるのか…)
一体、何があったのだろう。ゼクスに聞くのが一番手っ取り早いか。
そう思い、扉に近づき、ダンテが扉をノックしようとしたその時。
ガチャッ
「ダンテか」
「ゼクス…」
扉が開かれ、姿を現したのはゼクスだった。腕には小さな女の子を抱いている。
「その子、リアラか?」
「ああ。ここで話をするのも何だから、入ってくれ。寒いだろう」
ゼクスに促され、ダンテは家の中に入る。室内は温かく、ほっと息をつく。すると、リアラがダンテに向かって手を伸ばしてきた。
「おにいちゃん!」
「ああ、待ちなさいリアラ。お兄ちゃんは寒い中来たからね、まずはお風呂に入らせてあげなさい」
「はぁい」
頷き、リアラはゼクスの腕の中で大人しく座り直す。
「まずは風呂に入ってくるといい。着替えは用意しておく」
「ん、わかった」
頷き、ダンテはバスルームに向かった。
*
「温まったか?」
「おかげ様で」
30分後、風呂から上がったダンテはゼクスの計らいで居間の暖炉の前で椅子に座りながら休んでいた。
「こんな寒い中、よく来てくれたな」
「あんたから来た手紙の内容が気になったもんでね」
そう言うと、ダンテはゼクスに尋ねる。
「で、何でわざわざ城からこんなところに移り住んだんだ?」
ゼクスはふう、とため息をつく。
「最近、教皇がフォルトゥナ城を観光地にしてな。前より人が来て静かに暮らせなくなったんだ。元々、城に私達が暮らしていることを街の人達は知らない。見つかって騒がれてしまっては静かに暮らせないし、あの子にもよくないからな」
「そうだったのか…大変だったんだな」
「そうでもない。ここの暮らしも気に入っているしな」
にこりと笑みを浮かべるゼクス。その時、パタパタと小さな足音が響き、居間の扉が開いた。
「おにいちゃん、ひざかけもってきたよ!」
「お、ありがとな、リアラ」
姿を現したのはリアラだった。白いワンピースの裾を揺らし、両手に抱えた膝掛けを持ってダンテに近づくと、笑顔で小さな手を伸ばしてダンテに膝掛けを差し出す。それを受け取ると膝にかけ、ダンテはリアラを抱き上げて自分の膝の上に乗せる。
「かあさまがあとでね、ここあもってきてくれるって!」
「そうかそうか。それにしても大きくなったなぁ、リアラ」
「えへへー」
ダンテが頭を撫でてやると、嬉しそうにリアラは笑う。その様子を微笑ましく感じながら、ゼクスは口を開いた。
「リアラはお兄ちゃんが来るのを楽しみにしていたものな。よかったな、リアラ」
「うん!」
「楽しみにしてた?」
不思議そうにダンテは首を傾げる。
ああ、とゼクスは頷く。
「お前が来る20分ほど前に、ここで遊んでいたリアラが動きを止めて突然言ったんだよ。『誰か来る』とな」
その時、私はお前の気配を感じ取っていたから、リアラも同じ気配を感じ取ったんだろうと思ったよ、とゼクスは続ける。
「それからずっと窓の外を見つめていて、10分ほど前にはお前の姿が見えたのか、玄関に駆けていって、必死に扉に手を伸ばしていたよ」
この子も私と同じく、気配に鋭いんだろうな、とゼクスは言った。
「…そっか」
気配であれ何であれ、自分のことを覚えてくれていたリアラにダンテは笑みを浮かべ、リアラの頭を撫でる。その時、居間に面したキッチンからフィーリアがやってきた。
「ココアよ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
礼を言ってココアを受け取り、ダンテはマグカップに口をつける。
「もう少しで夕食ができるわ、もう少し待っててね」
「ありがとうございます」
「かあさま、けーきは?」
「ケーキもあるわよ、楽しみにしててね」
「わぁい!」
「よかったな、リアラ」
「うん!」
嬉しそうにリアラは笑うと、フィーリアを見上げる。
「かあさま、りあらもおてつだいする!」
「ありがとう、じゃあ、お皿を運んでもらおうかしら」
「うん!」
元気よく頷くと、リアラはダンテの膝から降り、フィーリアの後についてキッチンへと向かう。その後ろ姿をダンテはゼクスと共に微笑ましく見送った。
*
賑やかな夕食が終わり、ダンテは再び暖炉の前に座っていた。膝にはリアラを乗せている。
「プレゼントもらえてよかったな」
「うん!」
ダンテを見上げ、嬉しそうに頷くリアラ。その手には透明なガラスでできたベルが握られており、彼女が振るごとにきれいな音を響かせる。
「おにいちゃんはぷれぜんともらわないの?」
「ああ、お兄ちゃんはみんなと過ごせたからそれで十分だ」
久しぶりに家族の温かさを感じる時間を過ごせた。ダンテにとって、それだけで十分だった。
ふうん、と返すとしばし考え込み、あ、と声を上げてリアラは言った。
「じゃあ、おにいちゃんにうたうたってあげる!」
「歌?」
「うん!りあらね、いつもかあさまがうたってくれるうたおぼえたんだよ!」
だからうたってあげる!、と言うリアラにダンテは柔らかな笑みを浮かべ、頷く。
「そうか。じゃあ、リアラの歌聞かせてもらおうかな」
「うん!」
元気よく頷くと、リアラは息を吸って、歌を歌い始めた。たどたどしいながらも、幼いながらにきれいな声にダンテは感心しながら心地好さを感じていた。
リアラが歌い終えると、ダンテはリアラの頭を撫でて褒めてやる。
「上手かったぞ。ありがとな、リアラ」
「えへへー」
褒められて照れくさそうに笑うリアラを見て、ダンテはあることを思いつく。
「なあリアラ、そのゴム使って髪結ってやろうか?」
そう言ってダンテが指差したのは、リアラの左腕につけられた白いシュシュ。リアラがクリスマスプレゼントにもう一つもらった物で、フィーリアが『最近、私みたいに髪を結いたがるのよ』と言っていたことを思い出したのだ。
ダンテの言葉に、リアラはぱあっと目を輝かせる。
「ほんと?おにいちゃん、かみゆってくれるの?」
「ああ。どんなのがいい?」
ダンテに聞かれ、リアラはんー、と考え込む。
「みつあみがいい!」
「わかった」
頷くとリアラからシュシュを受け取り、ダンテはリアラのサラサラした髪に触れ、髪を結い始める。元々器用なのに加え、昔、母に教えてもらったことがあったため、すぐに結い上げた。
「ほら、できたぞ」
「わぁ…!おにいちゃん、ありがとう!」
自分の髪に触れ、リアラは嬉しそうにお礼を言う。
リアラはダンテを見上げると、ある提案をした。
「ねぇ、おにいちゃんもいっしょにうたうたおう!」
「俺もか?」
「うん!りあら、おにいちゃんといっしょにうたいたい!」
「いいけど、お兄ちゃん歌上手くないぞ。それでもいいのか?」
「いい!」
大きく頷くリアラにふ、と笑みを溢し、ダンテは頷く。
「わかった。じゃあいくぞ、せーの」
ダンテのかけ声を合図に、二人は歌い始めた。子供特有の高い声と男性の低い声が重なり、部屋に響き渡る。
室内は、優しい温かさに包まれていた。
聖夜に響く歌声
(それは、優しさと温かさをもたらす声)
12.25〜2014.1.1
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