若の場合
「ただいまー」
バイトを終えた雪菜が玄関の扉を開けると、部屋の奥からワン!と鳴き声が聞こえ、白い犬がこちらに向かって走り寄って来た。膝に前足を乗せ、嬉しそうに尻尾を振る白い犬の頭を撫でて、雪菜は微笑む。
「ふふ、寂しかったの?」
とりあえず中入らせてね、と言い、雪菜は居間に移動する。
居間のテーブルの上に買ってきた食材を置くと、後ろからついてきた白い犬がぴょんぴょんと跳ねてこっちを向いて、といった風にワン!と鳴く。
「どうしたの?」
そう言い、雪菜が白い犬の前でかがむと、
チュッ
「!」
自分の唇と白い犬の唇が重なり、雪菜が目を見開いた次の瞬間には、ポンッと跳ねたような軽い音がし、雪菜は何かに押し倒されていた。ぎゅうっと自分を抱き締める何かを睨み、雪菜は叫ぶ。
「ダンテ!」
「はは、わりーわりー」
胸元に顔を埋める銀髪を軽く叩くと、先程まで白い犬だった青年―ダンテが顔を上げ、悪戯っ子のような笑みを向けてきた。
「いつも止めてって言ってるじゃない!」
「悪かったって。けど、こうしねえとお前と話せねーだろ」
悪びれもせずに謝るダンテに、雪菜は諦めのため息をつく。
すると、ダンテがぼそりと小さく呟いた。
「…それに、寂しかったのは本当だし」
その言葉に雪菜は目を瞬かせる。
ダンテを見やると、彼は微かに顔を赤らめてそっぽを向いている。視界の端にちらりと映った白い尻尾は、力なくぱたぱたと振られている。思わずくすり、と笑みを漏らすと雪菜はダンテの頭を撫でる。
「ごめんね、寂しい思いさせて」
すぐご飯作るから、一緒に食べよう、と言うと、ダンテは一瞬目を見開いたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
ダンテに避けてもらい、雪菜が材料の入った袋を持ってキッチンに行こうと背を向けると、ダンテが「雪菜」と名を呼んだ。
「何?」
雪菜が振り向くと、ダンテは優しい笑みをこちらに向けて、
「おかえり」
と言った。
雪菜は目を瞬かせたがすぐに笑みを浮かべ、
「ただいま」
と返した。
今日はデザートも作ってあげようか、と思いながら、雪菜は再びキッチンに歩を進めた。
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