コラボ小説 | ナノ
 animal panic! 前

5時限目、化学の授業。
3年D組の生徒達は化学室に移動し、教師が来るのを待っていた。
実験用の机は4人で一グループになる大きさだ。そのため、席順で必然的に紅、リアラ、若、バージルでグループになる。
いつも通り紅と若が音楽の話をしていると、リアラがぽつりと呟いた。


「アグナス先生、来ないね」


その言葉に、紅は教室の時計を見やる。すでに授業は始まっており、普段ならアグナス先生が来て授業を始めているのだが、先生はまだ来ない。


「また職員室でブツブツ呟きながら、何か書いてんじゃない?」


化学担当のアグナス先生は、化学への熱意がすごく、話を聞いている分にはおもしろいのだが、時々その熱意が行き過ぎて、何かを閃くと職員室や化学準備室に閉じ籠もり、ブツブツ呟きながら何かを書いていたりするのだ。
んー…と少し考えるような仕草をして、リアラは椅子から立ち上がった。


「アグナス先生呼んでくるね」

「え、いいって…」


放っとけば、と紅が言い切る前に、リアラは教室を出て行ってしまった。


「授業ないならないでいいのに…」

「ホント真面目だよな、あいつ」


はぁ、とため息をつく紅の向かいで、感心したように若が呟く。
リアラはとても真面目で、授業に先生が来ないとこうやって呼びに行ったり、先生に手伝いを頼まれると進んでやったりする。
授業は学生の本分、を再現したかのような真面目さだ。
珍しく、バージルが話に加わった。


「あいつは化学の授業が好きらしいからな、それもあるんだろう」

「確かに…」


紅は頷く。
リアラは化学の授業が大好きらしく、以前、紅が理由を聞いた時、「教科書とにらめっこばかりじゃなくて、時々実験したりするのが好きなの」と彼女は言った。
実験で薬品を混ぜ合わせ、新たなものができる様子が楽しいらしく、実験をする時の彼女はまるで子供のようにキラキラした目をしていた。
その様子を思い出して、紅が思わず苦笑したその時、教室の扉がガラリと音を立てて開いた。


「始めるぞ」


白衣を着たアグナスが現れ、教壇の前に立つ。
アグナスの後ろにいたリアラは席に戻り、椅子に座る。心なしか、暗い顔をしている。


「リアラ、どうしたの?」


紅が尋ねると、リアラは呟いた。


「いや…職員室でアグナス先生の姿を見つけた時、何か嫌な予感がして…」


はぁ、とため息をついたリアラの予感が後々当たることになるとは、この時紅達は思ってもいなかった。

***

初めの内はいつも通りに授業が進み、心配しすぎだったのかな、とリアラは安堵していたのだが、授業時間が半分を超えた辺りから、アグナスの様子がおかしくなってきた。


(何か、違うことを考えているような…)


リアラがそう思ったその時、突然、アグナスが声を上げた。


「では、実験を始める」


…は?
突然告げられた生徒達はぽかーんとした顔でアグナスを見つめる。当然だ、今日の授業は実験など予定に入っていなかったのだから。
そんな生徒達の様子を気にも止めず、アグナスは教壇の上に様々な薬品を並べていく。そして、先程職員室で書いていたであろうメモを取り出すと、それを見ながら薬品を混ぜ合わせ始めた。


「ふふ、こ、これで私も、す、すばらしい、こ、功績を残せる…!」


興奮しすぎて言葉が詰まってきたアグナスの様子に、生徒達がざわめき始める。


「…これ、やばくない?」

「うん…。とりあえず、」


紅の言葉に頷いたリアラは、立ち上がって他の生徒に呼びかけた。


「みんな、教室に戻って!このままだとアグナス先生の実験に巻き込まれかねないわ!」


リアラの言葉に恐怖を感じたのか、悲鳴を上げながら一斉に生徒達が教室から逃げ出し始めた。
学級委員長のリアラが率先して指示し、誘導を紅とキリエが手伝う。
10分後、教室には教師であるアグナスと生徒であるリアラ、紅、キリエの四人だけが残った。
未だに実験を続けるアグナスにリアラが説得を試みる。


「先生、実験を止めてください。何が起きるかわかりません」

「ふふ、も、もう少しで、でで、できあがるぞ…!」

「全然聞いてないし…」

「ダメみたいね…」


紅とキリエがため息をつく。
もうこうなってしまうと、何を言ってもアグナスは止まらない。


(どうしよう…また何か起きちゃう…!)


今までアグナスの実験で二度も被害を受けているリアラはおろおろしだす。
そんなリアラの様子を見て、紅は腹の底からふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。


(今まで二回もリアラを巻き込んどいて、まだやるのかこのアゴは…!)


拳を握りしめた紅は決めた!と叫ぶ。


「こうなったら力づくで止める!」

「あ!紅!」


待って、とリアラが言い切る前に、紅はアグナスの横に立ち、回し蹴りをくらわそうとした。
だが、その時、タイミング悪くアグナスが薬を完成させてしまい、


「でで、できたぞ!」


アグナスがそう言ったのと同時に、「とうっ!」と声を上げて紅の回し蹴りが入ってしまい、

―バリンッ!―

紅の蹴りにより砕けた試験管からピンク色の煙が沸き上がり、化学室を包み込んだ。

***

5分後、ようやく煙が薄まってきて、けほけほと咳き込んでいたリアラは二人に呼びかける。


「紅、キリエ、大丈夫!?」

「何とか…」

「平気よ」


二人の声が聞こえ、安堵の息をついて顔を上げたリアラは、目の前の二人を見て固まった。
リアラの様子に、紅は首を傾げる。


「リアラ?」

「ふ、二人とも…」


ふるふると震えながら二人を―正確には二人の頭の上を指し、リアラは言った。


「その耳、どうしたの…」


そう言われ、何か嫌な予感がした紅は、自分の頭の上に手を持っていく。すると…


「な、何これ!?」


自分の頭の上にはあるはずのない動物の耳がついていた。しかも、ピクピクと動く。形からするに、どうやら猫の耳がついているらしい。
隣りにいるキリエを見やると、彼女の頭の上には白いうさぎ耳がついていた。キリエ自身も驚いているのか、頭の上に手を置いたまま目を見開いている。


(と、いうことは…)


ギシギシと音がしそうな感じで紅がリアラに視線を移し、ぽつりと告げた。


「リアラ…リアラも…」


その瞬間、リアラの動きが止まり、ぎこちない動きで自分の頭に手を持っていく。
そこにあったのは…


「…き、きゃあああっ!!!」


青みを帯びた白い狼耳だった。

***

「…と、いうわけ」

「なるほどな…」


紅の話を聞き終えた初代が頷く。だから、こんな姿になっているのか。


「…で、後の二人は?」

「それが…」


二代目に尋ねられ、紅が困った表情を見せたその時だった。


「リアラ、そんなに泣かないで」

「だって、だって…」


廊下から声が聞こえて、やがて声の持ち主二人が扉から顔を除かせた。リアラとキリエだ。
紅の話通り、リアラの頭の上には狼耳、キリエの頭の上にはうさぎ耳がついている。
リアラは泣いているのか目元を抑え、肩を震わせており、そんな彼女の肩にキリエが手を添え、傍に付き添っている。


「あの姿になってから、ずっと泣きっぱなしで…」


困ったようにリアラを見つめる紅。
二代目はリアラとキリエに近づくと、リアラの頭を優しく撫でた。


「大丈夫か?」

「っ、恥ずかしい、です…」


自分を見上げ、しゃくりあげながら訴えるリアラに二代目は優しく微笑みかける。


「すぐ戻れるから、心配するな」


コクコクと頷くリアラの頭から手を離すと、二代目は初代の方を振り返った。


「初代、後は頼んだ」

「頼んだ、って、どこ行くんだ?」


二代目の言葉に、初代は首を傾げる。


「少し、あのはた迷惑なマッドサイエンティストのところに、な」


怖いくらいの笑みを浮かべ、そう告げた二代目は職員室を出ていく。
あー…と初代は頭を掻く。


「ありゃあ、かなり怒ってるな…」

「…みたいだね」


隣りで見ていた紅が頷く。
はぁ、と初代がため息をつく。


「こうしててもしょうがないな。とりあえず、教室に戻るか」

「うん」


初代の言葉に紅が頷き、二人の元へと歩いていく。
初代も二人の元に歩み寄ると、宥めるようにリアラの頭を撫でる。


「行くか」


初代の言葉に、リアラはコクコクと頷いた。

***

HRを終え、人もまばらになった教室で、リアラはずっと俯いていた。
困った顔で紅は声をかける。


「リアラ、大丈夫?」

「帰れない…こんな姿じゃ帰れない…」


紅の言葉が聞こえていないのか、ぶつぶつと独り言を呟くリアラ。
あの後、教室に戻り、掃除、HRを行ったが、三人に周りの生徒の視線が集まり、いい気分とは言えなかった。キリエはなってしまったものはしょうがない、と割り切っていたようだが、リアラは恥ずかしさに終始俯いていた。仕方ないだろう、彼女は大勢の前に立ったり、見られたりするのが苦手なのだ。
それでも人のために学級委員長をやったり、困っている人をさりげなく助けたりするところは、彼女のいいところだと紅は思っている。
うーん、と唸ってから、紅はリアラの頭にぽん、と手を置いた。よく彼女が自分にしてくれるこの行為。
リアラが顔を上げる。泣いてはいないものの、先程泣き続けていたことで目元は赤く腫れており、瑠璃色の目は潤んだままだ。
苦笑しながら、紅は優しく言った。


「軽音部の部室に行かない?若とかネロとか知ってる人ばかりだから、少しは安心できると思うし」


ね?と紅が促すと、リアラは「うん」と弱々しい声で頷く。
早速帰り支度をし、二人で教室を出たところで、廊下で話をしていた女子生徒が声を上げた。


「あ、あれ、ダンテ先生じゃない?」

「あ、本当だー!この時間に珍しいね」


その会話を聞いて、思わずリアラの動きが止まる。
ダンテ先生、この時間に珍しい…。
嫌な予感がして、ぎこちない動きでリアラが女子生徒達の見ている方へ顔を動かすと、


「…!」


遠くに白衣がちらりと見えて、リアラは目を見開き、後退る。
紅も気づいたのか、呟く。


「あ、本当だ、おっさんじゃん」

「…ごめん、紅、一人で軽音部行って。私は学校閉まるギリギリまでどこかに隠れて帰るから」

「え、あ、リアラ!?」


紅の呼ぶ声も聞かず、リアラは髭のいる方向とは反対の方へと駆け出した。