▼ A coquettish storm. 後
「…ここは保健室であって図書室じゃないんだがなァ…」
俺のぼやきを完全に流したバージルは、保健室のベッドで優雅に読書をし続けている。勿論今の時間は授業中の筈だ。
「ったく…」
俺は視線を落として溜め息を吐いた。調理実習もサッカーも面倒だからとサボるのは良いとして、此処に居座られても困るっての。っつーかリアラと授業受けられるなんて羨ましいんだよこの野郎、何サボってんだ。
「…ン?」
と、ポケットの中で携帯電話が振動する。画面を見れば「初代」と表示されていて、こんな時間に珍しいなと思いつつ通話ボタンを押した。
『突然で悪い。緊急事態だ』
「どうした?」
緊迫した様子の声に自然と表情が引き締まる。少し慌てた様子で初代が続けた。
『二代目の発作が起きそうなんだ』
「…何?」
発作?発作…。発作って、アレか。あの、甘いものを求めて徘徊する…
『しかもリアラたちのクラスは調理実習でチョコトリュフ作ってる』
「オイオイ…そりゃあマズいだろ」
『…あぁ、マズいな。俺は生徒の避難を優先する。悪いがアレを用意してくれるか?』
「…アレか…、分かった」
普段の俺なら面倒だと一蹴する頼みだが、リアラが関わっているなら話は別だ。電話を切って立ち上がると、聞き耳を立てているであろうバージルに呼びかける。
「バージル!お前も手伝え」
「何故俺が手伝わねばならんのだ」
「紅を守る為だ」
「………」
紅の名前を出すと、バージルは小さく鼻を鳴らし動き出す。なんだかんだ言いつつ、バージルもあの子が大切なんだろう。
「さて、大仕事だぞ」
そして俺たちは保健室を飛び出したのだった。
***
…もう、ダメかもしれない。
そう思った時、二人の体がふわりと宙に浮く。
「「っ!?」」
驚いて振り返ると、紅は若に抱きかかえられ、リアラは髭に抱きかかえられていた。
「コイツは俺んだ!」
「いくらアンタでも手を出したら許さねえ」
臆すること無く二代目に威嚇する二人。
「二代目〜!」
と、初代の声に顔を向ければ、彼は餌でおびき寄せる様に棒付きキャンディを翳して見せた。
「…アメ…」
小さく呟いた二代目はフラフラと初代の後を追って行く。去っていった嵐にホッと胸を撫で下ろした若と髭に、紅とリアラは半泣き状態で抱きついた。
「若ぁ〜!」
「ダンテさん…っ!」
ギリギリと張り詰めていた緊張が切れた彼女たちを、若と髭はギュッと抱き締める。もう大丈夫だ。そう言って背を撫でてやると紅は腕の力を強め、瞳に涙を溜めて訴えた。
「もう!なんなのあれ〜!」
言葉にならないけどすごかった。そう訴える紅にリアラも頷き同意する。
「気絶、するかと思った…」
もう本当に、凄かった、とかそんな表現しか出来ないけれど。混乱し続ける頭の中でこれだけは確かに言える。
「「もう二度と会いたくない」」
あの「甘えん坊将軍」にだけは、もう二度と会いたくない。紅とリアラの声は見事に重なったのだった。
***
一方、二代目を誘導した初代はと言うと…
「バージル!」
仁王立ちして待ち構えていたバージルは初代と二代目の姿を確認すると食堂の扉を開く。その先にあったのは、高さ二メートル近いケーキのタワーだった。
「………!」
心なしか二代目の表情が綻ぶ。何度か二代目がこの状態になった時に発案されたのが、食堂のメンバー総動員して作られる巨大ケーキだった。兎に角甘くした上で更に大量に生クリームが塗ってあり、普通の人間ならば見ただけで胃が凭れそうな光景である。恐るべき質量のケーキを完食した「甘えん坊将軍」は、やっと、本来の二代目の姿に戻る事が出来たのだった。