コラボ小説 | ナノ
 A coquettish storm. 前

「美味しそう!」

「紅、まだ食べちゃダメよ?」


三人の目の前には小さな球状のトリュフが並んでいる。ココアパウダーを満遍なく塗せば完成だ。一番器用なリアラが上手い具合にパウダーを塗していく。


「おー、うまそー!」


突然調理室の窓が開き、ひょっこりと若が顔を出した。一階の調理室から見える校庭では、若を始めとした男子生徒がサッカーを楽しんでいた。元々調理実習はクラスの生徒全員で行われていたのだが、以前若が色々あって調理室をまる焦げにした前科があるため、特別処置として男子生徒は校庭でサッカーとなったのである。


「コラ若!まだ授業中だぞー!サボってると俺が二代目に叱られるんだぞ」


でも甘くて良い匂いだな、と初代も窓から顔を出した。調理室にはチョコレートの甘い香りが充満していて、飢えた男子生徒たちが羨ましそうに室内を覗き込む。


「若と初代には後で分けてあげるからね!」


紅が呼びかけると二人は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「二代目にもあげなきゃねー」

「担任の先生としてお世話になってるものね」

「甘いものお好きなのかしら?」


三人が話をしていると、校庭側とは反対に面した廊下側の扉が静かに開いた。噂をすれば何とやら、そこには二代目の姿がある。


「先生、会議じゃなかったんですか?」


一人の女子生徒が二代目に声をかけた。様子でも見にきたのだろうかと思っていると、


「…甘い匂いが、する」


小さく囁いた二代目はゆっくりと調理室へ足を踏み入れる。


「…二代目、様子が変じゃない?」


最初に異変に気付いたのはリアラだ。何だか二代目の様子がおかしい。それを見ていた初代はある事に思い至って思わず呟く。


「…まずいな」

「あ?どうしたんだ?」


若が訊き返すものの、初代は携帯電話を取り出して慌てて電話をかけ始めた。そうしている間にも二代目が一番近くに居た女子生徒の前に立つ。


「…あの、先生?」

「…チョコ…」


視線がトリュフに釘付けになっている事に気付いた女子生徒が、それを手に取って二代目へ差し出した。


「食べますか?」


この時、彼女は何気なくトリュフを差し出してしまった事を激しく後悔する事となる。いつもの二代目なら、


「すまないな」


そう言って手のひらにトリュフを受け取ってから頬張り、美味かった、と微笑んで去って行くだろう。しかし、今日の二代目は違った。


「ん、」

「え、」


差し出した女子生徒の手首を掴むとそのまま自らの口を寄せた。ぱくん、トリュフを頬張り彼女の指先のチョコまで舐め取って。


「………美味い」

「………っ!!?」


背筋がぞくりとするような極上の蠱惑的な笑みを浮かべる。ペロリと上唇を舌先で舐める彼からは普段隠している筈の色気が目に見えそうなくらい溢れていた。近くでそれを眺めていた生徒たちまでもが息を飲む。


「…もっと欲しいな…」


時間が止まったように静まる室内。その場に居た全員が呼吸を忘れた。

ーーーバタッ

遂には、二代目に一番近かった生徒が彼のフェロモンに意識を失ってしまう。


「な、ななな…っ!なにあれ…!!?」

「説明しろ初代…!!」


我に返った紅と若が振り返ると、丁度電話を終えた初代が答えた。


「…説明しよう。元々甘いものが大好きな二代目は甘いものが不足し過ぎると、甘い匂いを的確に嗅ぎ分けてはああやってフェロモン撒き散らしながら食べ歩き、胃袋が満足するまでは誰にも止められない状態になる」


数年に一度あるのだが、この状態になると本人も意識が朦朧としているらしい。だから尚更、普段抑えている色気とかが垂れ流し状態の危険人物と化してしまうのだ。人々は彼をこう呼ぶ…「甘えん坊将軍」と…!!


「「って、なんだよそれっ!!」」


ワケわかんねぇよ!紅と若の息の合ったツッコミ。リアラは困惑したまま二代目から距離を取る。今の二代目なら見つめられて微笑まれただけで腰が砕けそうだ。本当に危険人物以外の何物でも無い。


「とにかく全員避難だ!自力で逃げられる奴は逃げる事だけ考えろ!男共は腰抜かした女子を助けてやってくれ!いいか、絶対に二代目は見るなよ!男でも油断してっと危険だからな!」


初代の避難警報に、静まり返っていた室内は一気に騒然となった。蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う生徒たち。紅、リアラ、キリエは率先して生徒を逃がし、若と初代は屈強な体躯を活かして動けない生徒を外へ運んでいく。二代目はそんな周りの様子を気にも止めず、テーブルに置かれたトリュフを次から次へと口へ運んでいった。


「食うペースおかしいだろ…!」


若が苦渋の面持ちで二代目をチラリと見る。やっと全員が避難した今、残ったのは二代目から一番離れた場所にあった紅たちのテーブルのトリュフのみだ。最後のトリュフの山を二代目の瞳が捉える。


「初代っ!全員逃がし……、っ!」


と、クラスの生徒を避難させ終え、紅が廊下側のドアから窓側に居るであろう初代に向かって叫んだ。彼女はその途中で二代目が食べようとしているのが自分たちのトリュフである事に気付く。


(…どうしよう…!)


今回は致し方ないという思いと、でも折角作ったのにという思いが拮抗し、葛藤する。


「…っ、紅!早く逃げなきゃ!」

「でも…っ!」


一瞬惑うも首を振って考えを打ち消したリアラに手を引かれ、紅は泣きそうな顔になった。…と、その時。


「コレは俺がもらうヤツだっての!」


窓から飛び込んできた若が、スタイリッシュな動きでテーブルからトリュフの載った皿を攫って再び外へ飛び出し一目散に駆けていく。


「若…!」

「っ!若、ナイス!」


叫んだ紅は小さくガッツポーズを取る。しかし、標的を見失った二代目はくるりと踵を返し、あろうことかその瞳はしっかり紅とリアラに向けられてしまったのだ。


「………」

「…!」


カツン、カツン、と静かな室内に二代目の足音が響く。紅もリアラも彼の瞳に、纏う雰囲気に圧倒され身動きが取れない。手を繋いだまま固まってしまった二人の目の前に立った二代目は、すん、と鼻を鳴らした。


「甘いもの、持ってるんだろう?」

「…も、持ってない…っ!」


目の前に立つ彼に見惚れ我を忘れてしまいそうな自分を叱咤しながら何とか答えると、二代目の顔が不意に近寄ってくる。更に身を硬くした紅の首筋へ顔を寄せた彼は、彼女が纏う甘い香りに蕩けるような笑みを浮かべた。


「…嘘吐くな…こんなに美味そうな匂いさせてるクセに」

「ひっ…!」


ぞくり、二代目の唇から伝う低い声が鼓膜を震わせて、首筋から全身に震えが走って足に力が入らなくなる。


「紅…!」


腰を抜かして座り込んでしまった紅を庇う様にリアラが抱きくるんだ。顔を真っ赤にして震える紅に、リアラも打つ手が無くギュッと目を瞑る。初めて見るくらいの二代目の満面の笑みに、彼女たちは思った。

…もう、ダメかもしれない。と。