コラボ小説 | ナノ
 red side

音の漏れを防止する為に作られた分厚い扉を押し開けて、そっと中を窺い見ると丁度こちらを振り向いたリアラと目が合った。


「…あ、」

「…遊びに来ちゃった」


えへへ、と薄く笑うと彼女は微笑んで迎え入れてくれた。最近よく見るようになったリアラの優しい笑顔が、あたしは結構好きだったりする。


「こちらへどうぞ」


案内してくれたのは、以前若たちと来た時に案内されたテーブル。まだ早い時間だから人影は無くて、静かな店内だった。


「今日は若と一緒じゃないの?」


そう訊かれ、あたしは苦笑を浮かべた。


「それがさ、入学早々ダンテがテストで赤点取って、バージルの鬼スイッチ入っちゃって、今日は図書室にカンヅメなの」

「お、鬼スイッチ?」


彼女が首を傾げるのも当然だろう。けれどその表現が一番しっくりくるのだ。あのバージルを知るあたしにとっては。


「リアラの隣の席にバージルっているでしょ?若の双子の兄貴で、いっつも無愛想なヤツ。あたしとあの双子って結構長い付き合いなんだけどさ、バージルってテストの赤点とか許せないらしくて、若とかあたしが赤点取ると椅子に括り付けてでも勉強させるんだよねぇ」


鬼神の如き迫力のバージルは、いつもならば立ち向かう若でさえ恐れる存在だ。


「あたしも一回だけ苦手な数学で赤点取ったんだけど、そん時も学校の図書室(静かだから集中できるらしい)でみっちり勉強させられてさー」


若の言っていた「鬼バージル」と「図書室にカンヅメ」はこういう意味なのかと心底思い知った。そして誓った。もう二度と赤点は取るまい、と。


「あたしはそれから赤点取ってないんだけど、若ってば懲りないよねー」

「…大変だね」


同情の視線にまた苦笑を返して、だから、と続けた。


「だから今日は軽音部の活動もなくて、暇してたんだ。で、そういえばリアラはバイトの日だったなー、って思って」


忙しそうなら帰ろうとも思ったんだけど。


「…迷惑、だった?」


不安になって問いかけると、リアラはふるふると首を振る。


「ううん、来てくれて嬉しい」


微笑んでくれた彼女にホッと胸を撫で下ろすと、ご注文は?と聞かれた。


「コーラが欲しい!」


勢い良く手を上げたあたしに、リアラはクスクス笑って、


「ちょっと待っててね」


そう告げてテーブルを離れて行った。なんとなくその後ろ姿を眺めていると、奥からマスターが現れる。


「マスター、こんちは!」


挨拶するとマスターは笑顔で挨拶を返してくれる。戻ってきたリアラに礼を言いつつコーラを受け取ると、ふとした考えが頭をよぎった。


「あの、マスター」

「?」

「バイトの募集ってもう終わっちゃいました?」

「紅?」


どうしたの、と言いたそうなリアラに笑みを返して、マスターにお願いをしてみる。


「あたしもここでバイトしたいんですけど、ダメですか?」

「………」


突然の申し出に暫しの沈黙。当たり前だけど、ちょっと居心地が悪い。でもあたしにしては良い思いつきだと思ったんだ。


「…どうして、ここで働きたいんだい?」


真剣な表情で聞いてくるマスターに、思っている事を真っ直ぐ伝えた。


「ここには、あたしの好きなものが詰まってる。音楽もそうだけど、この場所があったから、リアラともっと仲良くなれた。やっぱり音楽は楽しい、って思えたから…。もっともっと、ここで色々な事を知りたいって思いました」

「紅…」


こういう時、自分の気持ちを上手く伝えられない自分がもどかしい。もっと沢山言いたい事はある筈なんだけど、これが今のあたしの精一杯だった。


「…うん。じゃあ、来週から働いてもらおうかな」


あー、やっぱ突然なんてダメだよ、な………って、ん?


「…へ?い、いいんですか?」


こんな唐突なお願いなのに?


「当たり前さ。音楽が好きな子は大歓迎だからね」


ニコッ。爽やかな笑顔。


「あ、ありがとうございますっ!マスター大好きぃぃ!!」


両手を上げて喜んでいると、見守っていたリアラが、良かったね、と言ってくれて。


「うん!これからよろしくね!」


彼女の手を握ってはしゃいでいると、マスターが急に変な事を訊いてきた。


「二人は、動物で何が一番好きなんだい?」


きょとん、としているとリアラが即答する。


「狼です」


おお、切り返し早い。


「あたしは猫かなー」

「うんうん。それじゃあ、来週の月曜日にリアラちゃんと一緒に来てくれるかな」

「あ、ハイ」


月曜日?しかもリアラと??二人で顔を見合わせて疑問符を浮かべても、マスターは微笑んだまま。謎が解けるのは月曜日。

***

「二人とも折角可愛いんだから、制服を作ろうと思ってね…と言っても、こんなものしか用意出来なくて申し訳ないんだけど」


出迎えたマスターがあたしたちに渡してくれたのは、可愛い獣耳のついたパーカーだった。リアラは狼耳の白いパーカー。あたしには猫耳の黒いパーカー。


「可愛い…!」

「ふふ、お揃いだね」


制服のブレザーを脱ぎパーカーを羽織って、二人でマスターにお礼を言った。


「ねぇねぇ!フードかぶってみて!フード!」

「え?きゃっ!」


リアラのパーカーのフードをかぶせれば可愛い狼さんのできあがり!


「あはは!可愛いー!」

「やったなー!…お返しっ!」

「わわっ、」


不意に伸びて来たリアラの手があたしの背後に回って、フードをかぶせられる。
どう?と聞いたら、可愛いと言ってもらえて、なんだか照れくさい。暫くそうして二人でじゃれあっていた。

***

一方その頃、遅れてやって来た若が『Crazy Sound』の扉を開こうとしていた。何故か後ろには保健医の髭の姿。


「なんでついてくんだよ、おっさん」


不服そうな若の声に、気怠げな髭の声が返ってくる。


「仕方ないだろ?顧問の初代に、手が離せないから今日の軽音部の活動を見てやってくれ、って頼まれたんだから」

「別について来なくても良いんだぜ?『お兄ちゃん』?」


ニヤリ、若が悪戯っ子の笑みを浮かべる。


「…赤点とったばかりの生徒は目が離せないもんでね」


ふ、と髭が挑戦的な視線を向けた。そのまま口論が続くかと思われた二人だが、扉を開けて視界に入った光景に同時に口を噤んだ。


「あ!リアラ!写真とろーよ!」

「ええっ!?だ、だめだめ!恥ずかしいもん…!」

「いいじゃん可愛いんだから〜」

「フ、フードしたままで…?」

「もちろん!」

「…い、一枚だけだよ…?」

「やった♪」


キャッキャと戯れるリアラと紅。彼女たちは色違いのお揃いのパーカーを着て、可愛らしい獣耳のフードをかぶっている。満面の笑みの紅。恥ずかしそうに頬を染めつつも嬉しそうなリアラ。


「…………」


俺たちの天国はここにあった。初めて若と髭の心がひとつになった瞬間でもある。…と。


「やあ、いらっしゃい」


二人の存在に気付いたマスターが出迎え、彼女たちも漸く気付く。


「あ、若…と、おっさん?」

「せ、先生!?な、なんで…!?」


首を傾げる紅の背に、顔を真っ赤にしたリアラが隠れた。紅は悪戯っ子の笑みを浮かべると、


「く、紅!?」


リアラの背中を押して二人の元へ駆け寄った。


「見て見て!お揃いの制服!」


羨ましいだろ!と自慢げに腕を組む。


「似合ってんじゃん」

「ああ、可愛いな」


若と髭の言葉に、紅とリアラは嬉しそうに笑った。


「よっしゃー!バイト始まったら働くぞー!」

「ヘマすんなよ?」

「うっさい!」


賑やかな紅と若の掛け合いを見ていたリアラの頭に、優しく髭の掌が乗せられる。


「…良かったな」


よしよし、と頭を撫でてくれる彼の言葉に、じんわりと心があたたかくなった。彼は今までリアラの抱えていた苦悩を知っているから、尚更その一言が沁みてくる。


「…はい」


静かに頷いたリアラが顔を上げると、目が合った紅は、楽しそうに笑い返したのだった。