コラボ小説 | ナノ
 blue side

「リアラちゃん、グラスの用意頼めるかい?」

「はい!」


マスターさんの言葉に元気よく返事をして、私はマスターさんのいるカウンターに向かう。
入学してから一ヶ月、生活も落ち着いてきたし、そろそろ生活費を稼ぐためにバイトしなきゃな、と思っていた私は一週間前にバイトを募集していたここを見つけ、店主であるマスターさんとお話してここで働くことになった。
ここ―ライブハウス『Crazy Sound』は、学園が設立されたころからあり、ライブハウス独特の雰囲気を持ちながらも、マスターさんの性格ゆえの親しみやすさがあって、学生がよく集まる場所だ。
週末にはライブが開かれ、その時には大勢の学生が集まるらしい(私はまだ働き始めたばかりだから、その様子を見ていないけれど)。
私が棚に置かれたグラスを拭いていると、マスターさんが笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「いつも助かるよ。本当は週2のはずなのに、毎日来てもらってすまないね」

「そんな、私が毎日来たいってわがまま言ってしまったんですから、気になさらないでください」


申し訳なさそうに言うマスターさんに、私は笑顔て答える。
マスターさんの言う通り、本来のシフトは週2なのだけど、私は毎日ここに来ていた。
一年生で部活も入っていないとなるとほとんどやることなんてないし、唯一学校のことを忘れられるところだし…。
そして、何より音楽が好きな私にとって、自然と私らしくいられるところだったから。


(だけど、あと2日で元のシフトに戻っちゃうんだよね…)


マスターさんにわがままを言って最初の一週間は実習期間として毎日来れるようにしてもらったけれど、楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまって、気づけば残り2日となっていた。


(来週からまた、勉強ばっかりの毎日が始まるのか…)


考えれば考えるほど気持ちが沈んでしまう。
ぶんぶんと頭を振って、私は気持ちを切り換える。


(まだ2日あるじゃない、そんなこと考えないで、今を楽しもう!)


その時、ガチャリと店の扉が音を立てて開いた。


「いらっしゃいま…」


笑顔を心がけて、私はお客さんがいるであろう方を見て、あいさつをしようとした。
の、だが。


「あ…」

「あ…」


扉の前にいた人物に動きが止まる。
学園の制服を着崩し、赤いシャツを着た、銀髪の男の子。教室でよく見かけるどころか、私の斜め左前の席であるその男の子を見て、私は思わず彼の名を呟いた。


「ダンテ、君…?」

「リアラ、か?」


私に気づいたようで、彼も私の名前を呟く。
二人して動きを止めていると、ダンテ君の後ろからひょこりと二つの人影が顔を出した。


「どうした?若」

「何かあったのー?」


一つはダンテ君より低い大人の声、もう一つは聞き慣れた、最近勉強を教えたばかりの女の子の声。
どちらも知っている声に、私は思わず声をあげた。


「先生、紅さん!?」


あちらも私に気づいたのか、あ、と声をあげた。


「リアラ!」

「おお、リアラ。ここでバイトしてたのか」

「あ、え、まあ…」


しどろもどろに返事をした私に、傍で見ていたマスターさんが優しく言葉をかけてくれる。


「リアラちゃん、とりあえず、中に案内したらどうだい?」

「あ、はい」


ぎこちなく頷き、私はどうぞ、と中央にあるテーブルに手を向けた。

***

「へえ、リアラここでバイトしてたんだ」

「うん、まだ5日目だけど…」


席に着いた紅さん達にコーラを出しながら、私は答える。
2週間前、私が紅さんに勉強を教えた次の日、紅さんは私に「さん付けじゃなくて、呼び捨てで呼んで」と言った。
予想外のことに私は一瞬驚いたけれど、何だかその言葉が嬉しくて、「じゃあ私のことも、さん付けじゃなくて呼び捨てで呼んで」と微笑んで返した。私は元々、呼び捨てで呼ばれる方が慣れていたから。
それ以来、紅さんは私のことを呼び捨てにしてくれるのだけれど、私はなかなか彼女を呼び捨てにできなくて、今でもさん付けで呼んでしまうことが多い。
彼女の好意に答えたいのに上手く答えられない自分に、思わずため息が出てしまう。


「えっと、ダンテ君達は何でここに来たの?」


思っていた疑問を口にすると、ダンテ君はああ、と声を上げて話し始めた。


「俺さ、昨日、部活立ち上げたんだ。軽音部」

「軽音部…ロックが好きだから?」


私が尋ねると、ダンテ君は驚いた顔をする。


「知ってたのか?」

「うん。いつも休み時間に話してるでしょう?だから、ロック好きなんだなって」


人と話さないとはいえ、周りのことはけっこう見ている。席の近い人ならなおさらだ。


「紅、は軽音部のマネージャーしてるの?」


私が首を傾げて尋ねると、紅さんは苦笑しながら手を振った。


「いやいや、あたしは若に無理矢理誘われてついてきただけ」

「おい、無理矢理って何だよ」


二人のやりとりに思わず笑みを溢していると、先生が私に話しかけてきた。


「リアラは音楽が好きで、ここでバイトしてるのか?」

「え?ああ、まあそうです…」


好きなはずなのにはっきりと答えられない私の代わりに、カウンターからこちらを見ていたマスターさんが口を開いた。


「ああ、そうだよ。その子は、本当に音楽が好きでね。ジャンル問わず好きなものはいろいろと聴いているみたいだよ」

「マ、マスターさんっ!」


まさかマスターさんに答えられるとは思ってなくて、私はつい声を張り上げる。
そんな私に先生は優しく微笑みながら言う。


「いいじゃねえか、俺も音楽好きだぜ」

「あたしも!」

「俺も」


紅さんとダンテ君も言い、私はついうろたえてしまう。


「あ、えと…」


うろたえながらも何とか話題を見つけ、私はダンテ君に話しかける。


「えっと、軽音部立ち上げたんだよね。結局、何でここに来たの?」


そういえば、ここに来た理由を聞いていた途中だった。
ああ、と言い、ダンテ君は理由を話し始めた。


「軽音部立ち上げたのはいいんだけどさ、メンバー、俺しかいねえんだ。だから、同好会扱いで、練習する場所ねぇんだよ」

「ああ…うちの学校、そういうところに厳しいからね」


うちの学校は何ていうか、清楚な感じがあって、音楽の授業は讃美歌とかそういうのが多い。
その中で軽音部を、ましてやロックをやろうだなんてなかなか難しいし、正直、先生方からあまりいい目では見られないのだろう。
目の前にいる先生は別みたいだけれど。


「それで、練習する場所を探してたの?」

「ああ」


うーん、と私は考え込む。
ダンテ君は本当にロックが好きなんだと思う(普段の話を聞いていてそう思うし)。たった一人とはいえ、せっかく立ち上げた軽音部、私も音楽が大好きだから何か手助けできるならしてあげたい。
練習する場所…。


「あ!」


ある案が頭に浮かんで、私は声を上げる。
不思議そうにこちらを見やる三人に私は言った。


「ちょっと待ってて」


私はカウンターにいるマスターさんのところに向かうと、マスターさんに話しかけた。


「マスターさん!」

「どうしたんだい、リアラちゃん?」


こちらを見てくるマスターさんに、真剣な表情で私は口を開いた。


「お願いがあります」

***

数分話した後、私は紅さん達のいるテーブルに戻った。
心なしか、動きが固いのが自分でもわかる。


「どうしたの、リアラ?」


紅さんが心配して私に声をかけてくれる。
私は何とか、口を開いた。


「…ダンテ君」

「ん?」


彼がこちらを見上げてくる。
私は話を続けた。


「ここ、使っていいって」

「…は?」

「ここを、練習場所に使っていいって。お客さんの少ない平日の日中なら」

「ほ、本当か!?」


うん、と私が頷くと、ダンテ君はよっしゃ!とガッツポーズをとる。
紅さんと先生もよかった、と安堵の表情を見せる。


「…ただね、一つ、条件があるって」


続けて言った私の言葉に、みんなの動きが止まる。
ダンテ君が首を傾げて尋ねてきた。


「…条件?」

「うん」


覚悟を決め、私はその条件を告げた。


「…私が歌うこと」

「…は?」

「今ここで、私が歌うこと。あのステージで」


そう言い、私は奥のステージを指さす。上にコンポやキーボードが置かれた真っ黒なステージは、週末にライブが開かれるたびにいろんなグループが立ってきた舞台。
私の言葉を聞いたダンテ君は、訝しそうな顔をする。


「何でお前なんだ?」


確かに彼の言う通りだ、ここを練習場所として使いたいのは彼自身なのだから、彼の実力を見るため、ならわかる。
なら、なぜ私なのか。


「ここにバイトの面接受けに来た時に、マスターさんの好意であそこで歌わせてもらったの」


ここに初めて来た次の日、バイトの面接を受けに来た私に、マスターさんは「あそこで一曲、歌ってみないかい?」と私に言った。前の日に私が熱心にステージを見つめていたのに気づいていたのだろう。
私は遠慮したけど、何回もマスターさんが勧めてくれるので、じゃあ、とあのステージで一曲だけ歌わせてもらったのだ。
あの時の楽しさは忘れない。人がいない中、広いステージで思いっきり歌ったあの気持ちよさは。
それ以来、私の歌声を気に入ったのか、何回かマスターさんに私に歌ってほしいと頼まれたけれど、恥ずかしさが勝る私は毎回断ってきた。
だが、今回は断ることはできない。私が歌うことで軽音部の練習場所が確保できるなら、私が歌うことなんて安いものだ。


「下手でも、笑わないでね」


少しひきつった笑みを浮かべながら、私はみんなに言った。

***

通学鞄から青色のiPodを取り出し、歌う曲をマスターさんに告げて、ステージに立つ。
スタンドの上のマイクのスイッチを入れ、軽く叩いて反応があるか確認する。


(ああ、緊張する…)


大勢の人の前に立つのも苦手なのに、少人数とはいえ、人の前で歌うことになるなんて。
大きく深呼吸した私に、iPodをスピーカーに繋いだマスターさんが声をかける。


「リアラちゃん、準備はいいかい?」

「…はい」


こうなったらもうヤケだ。あの時みたいに、誰もいないと思えばいい。


「じゃあ、いくよ」


そう言うと同時に、マスターさんがスピーカーのスイッチを入れる。すぐに、スピーカーから音が流れ始める。
曲は、『silver tail』の『sky color, my heart』。今の私を、私の気持ちを表したかのような曲。
足で軽くリズムをとりながら、私は声を発した。

『rainy day、外は今日も雨 いつになったら止むの、私の心まで暗くなってしまう』

一息吸い、言葉にして吐き出す。

『こういう日に限って嫌なことばかりが続くの 早く晴れて、私に青空を見せて』

雨は、今の私の気持ち。 暗くて、淡々とした日々を過ごす、今の私。

『こんな日は閉じ込もってばかり こんなのは嫌だ、私だって一歩踏み出したいの』

昔の私は、こんなに人が苦手じゃなかった。どうしてこうなったんだろう、どうしてこんな私になってしまったんだろう。
今の私を、変えたい。

『あの澄んだ青空が見えたなら あの空に手を伸ばせるの、一歩踏み出せるの』

踏み出す勇気がほしい。
青空みたいな紅さん。
彼女みたいな、勇気がほしい。

『いつか雲の切れ間から、青い空が見えたなら 私手を伸ばすわ、一歩踏み出すわ』

だからお願い、どうか、どうか。

『雨よ止んで、青空を見せて そしたらきっと、私も一歩踏み出せる sky color, my heart』

歌い終わった私は、曲が終わると同時にやってしまった…と後悔の念にかられた。


(何であんなに気持ち込めちゃったんだろう…)


いくら私の気持ちを表しているからといって、何もここまでしなくてもよかったのに。


「へ、下手でごめんね!忘れて!」


いたたまれなくなって、私が逃げ出そうとした、その時だった。


「すっげー…」

「…え?」


驚いて、私は顔を上げる。紅さんがキラキラした目で私を見ていた。


「今の、『silver tail 』だろ!?あたし、あのグループ大好きなんだ!」

「え、う、うん…」


まさか彼女と趣味が同じだと思わなくて、私がぎこちなく頷くと、紅さんは私に近づいてきて、なぜか私に抱きついた。


「え、く、紅さん!?」

「すっげーかっこいー!リアラ、すっごい歌上手いじゃん!」


きゃっきゃとはしゃぐ彼女に顔を真っ赤にしていると、ダンテ君と先生も頷く。


「ああ、すごい上手い。歌詞に込められた気持ちが、こっちにまで伝わってきたからな」

「授業でも上手かったけど、ロックもいけんじゃねえか」


ダンテ君の言葉に、思わず顔を上げる。


「ダンテ君、聞いてたの?」


音楽の授業でも大抵は眠っていたから、聴いていないと思っていたのに。
紅さんも同じことを思ったのか、感心したように呟いた。


「若、ちゃんと聴いてたんだ…」

「上手い奴の声なら自然に耳に届く」


ダンテ君の『上手い奴』という単語に、私はさらに顔を赤くする。
ふとカウンターの方を見やると、マスターさんが優しい笑みを浮かべてこちらを見守ってくれていた。


(もしかして、こうなることを見越して…)


考えすぎかもしれないけど、今はただ、マスターさんに感謝の気持ちでいっぱいだった。
そんな和やかな空気の中、先生が驚く一言を投下した。


「いや、それにしても本当に上手いな。髭に教えないと」

「…え?」


先生の言葉に、私は動きを止める。
『髭』という単語に、ある一人の人物を思い出す。というか、その人しかいない。


「ひ、髭って…」


私の問いに、先生はああ、と頷いた。


「保健室の、ダンテ先生だぞ」


いや、あいつの言った通り本当に上手いな、教えてやらないと、という先生の呟きに、私は思わず、言ってしまった。


「お兄ちゃん、他に何か言ったんですか!?」


しばしの沈黙。


「「…お兄ちゃん?」」


紅さんとダンテ君の呟く声に、私ははっとする。
や、やばい。つい…。
先生を見ると、先生は後ろを向いて、肩を震わせている。
結局、二人に私と保健室のダンテ先生が歳の離れた幼なじみであることを説明することとなり、興味を持った二人に根掘り葉掘り聞かれたことは言うまでもない。
…まあ結果、紅と仲よくなって、今では親友と呼べる関係に至ったわけだけど。