▼ red side
目の前にあるのは、数字とアルファベット羅列。xとかyの並んだノートと、かれこれ三十分くらい睨めっこしている。
(ダメだ…ぜんっぜん解らない…)
何問かは自力で解いてみたものの、解けない壁にぶつかってペンは止まったまま一向に進まない。
まだ入学したてのあたしは、普通に話せる友人は増えたものの以前から親しくしている若やバージル以外には、まだ頼ったりお願いする事が出来ないでいた。昔から、頼られるのが好きでお願いされると弱いあたしは、逆に人に頼み事をしたりするのが苦手だった。けれど若はあたし以上に数学分からないし、スパルタなバージルに問題を訊こうものなら………いや、これ以上は怖いから考えるの止めよう。…でも参ったなぁ。明日の数学、無事に終わらないかも…なんて悩んでいると、
「紅さん、何やってるの?」
「わっ!」
突然話し掛けられ、驚きのあまり声を上げてしまった。顔を向ければ瑠璃色の瞳と視線が絡む。
「あ、えと…リアラ、ちゃん?」
「うん。ごめん、驚かせて」
話しかけてきたのはあたしの後ろの席のリアラちゃん。そういえば席も近くて寮でも隣室だったのに、あんまり話した事なかったなぁ。
「何やってたの?」
「数学の宿題…明日の授業で当てられるところがあるんだけど、わからなくて…」
「ああ…あの先生の課題、難しいもんね」
事情を話せば彼女は納得したように頷いた。話し掛けられ目の前の問題を思い出したあたしは、腕を組んでまた頭を悩ませる。
ーーーカタン
「?」
不意に影が落ちそちらを見れば、リアラちゃんが椅子と鞄を持ちあたしの机の横に腰掛けているところだった。
「私でよければ教えるわ」
………今、なんと?
彼女は、どこがわからないの?と問い掛けてくる。え、本当に教えてくれるの?彼女が女神に見えた。
「えっとね…ここなんだけど」
躓いている問題を指させば、彼女は丁寧に教えてくれた。数学の苦手なあたしにも分かりやすいように説明してくれて…。
***
「お、終わった…!」
達成感に包まれながらぐっと伸びをした。明日は何とか無事に済みそうだ。
「ご苦労様。終わってよかったね」
柔らかく微笑むリアラちゃん。初めて見る笑顔に嬉しくなって、こっちまで笑みが浮かんだ。
「ありがとう!リアラちゃんのおかげだよ!」
いやもう本当に助かった!宿題が終わった安心感に加え、可愛い彼女と少しでも仲良くなれた事が嬉しくてたまらない。
「そんな、大したことしてないから」
謙遜しながら彼女の視線が時計に向けられ、次いで窓の外を見る。何かを思い出したらしく、立ち上がる彼女を呼び止めれば
「ごめん、紅さん、私、明日のお弁当の材料買いに行かなきゃ」
そう言って片付けをすると急ぐようにして教室を出て行った。去り際に
「暗くなってきたから、帰り気をつけてね」
じゃあね、と手を振って帰って行く。柔らかな笑顔を残していった彼女に、あたしもつられて笑顔で手を振り返した。
「………ふふ、」
話した事なかったけど、すごく優しくて良い子だった。あまり表情の変わらないタイプだけど、
「笑顔、めちゃくちゃ可愛かったなぁ…」
きっと、感情を表に出すのが苦手なだけなんだろう。
(…あした)
明日会ったら、お願いしてみようかな。
「あたしの名前、さん付けじゃなくて、呼び捨てがいいな」
もっともっと、仲良くなれる気がするから。