▼ blue side
2年前、この学園―DMC学園に入学したころ。
私は自ら進んで人と話すのが苦手で、なかなか友達が作れなかった。
初めは話しかけられたら精一杯の笑顔で答えていたのだけれど、自ら進んで話さない私はいつしか『つまらない子』として認識され、誰も話しかけなくなった。話しかけられたとしても、委員会のこととか、先生からの伝言とか、そんなことばかり。
物事は上手くやれるくせして人間関係では一歩踏み出せない不器用な自分が嫌になって、何度も保健室のダンテ先生のところに行って泣いたことがある。
そのたびに先生は嫌がらずにずっと話を聞いてくれて、優しく頭を撫でてくれた。あの優しさに何度救われたかわからない。
そのうち、友達を作ることを諦めて、淡々とした日々を過ごすようになったころだった。
***
ある日の放課後、委員会の仕事を終えて、教室に戻ってきた時だった。
「あれ…?」
窓際の前の席―私の前の席に、女の子が座っていた。
(確か…紅さん?)
自分の前の席に座っていた人物を思い浮かべ、私は心の中で呟く。
紅さん。寮では私の隣りの部屋の子で、入学当初から見知っていた子だった。
第一印象は、明るい子。明るくて、まっすぐで、その場の雰囲気を楽しくしてくれる子。
その性格からか、彼女はすぐにたくさんの友達を作って、毎日楽しそうに過ごしていた。
私も紅さんくらいの積極性があれば、と何度思っただろう。
それくらい、彼女は積極的だった。
その彼女が今、目の前でうんうんと唸りながら何かをやっていた。
(何やってるんだろう…)
気になった私は、彼女に話しかけてみた。
「紅さん、何やってるの?」
「わっ!」
私が話しかけると、よほど集中していたのか、紅さんは肩を跳ねさせて、驚いた声をあげた。
「あ、えと…リアラ、ちゃん?」
「うん。ごめん、驚かせて」
何やってたの?と私が尋ねると、紅さんは数学の宿題…と呟いた。
「明日の授業で当てられるところがあるんだけど、わからなくて…」
「ああ…あの先生の課題、難しいもんね」
私達のクラスを担当する数学の先生は厳しく、課題が難しいのに加えて、授業中に当てられた時、「わかりませんでした」なんていうと、課題を増やされてしまう。
それを避けるため、みんな必死でやってくる。
(私も当てられるのよね、早くやっておかなくちゃ)
そんなことを考えて、私は再び紅さんに視線を戻す。
未だにうんうんと唸りながら、ノートとにらめっこしている彼女。
「……」
かなり悩んでいる様子の彼女に、何だか放っておけなくなった私は、彼女の机の側に自分の椅子と鞄を持ってきた。
それに気づいて、紅さんが顔を上げる。
「?」
「私でよければ教えるわ」
私はノートと筆記用具を出しながら、どこがわからないの?と聞くと、彼女はぱあっと顔を明るくして、すぐにわからないところを指さした。
「えっと…ここなんだけど」
「ここか。えーっと、ここはね…」
彼女が指さしたところを見て、式を確認しながら、私は紅さんに教え始めた。
***
「お、終わった…!」
紅さんが身体を伸ばしながら言う。課題が終わったためか、すっきりした顔をしている。
「ご苦労様。終わってよかったね」
「ありがとう!リアラちゃんのおかげだよ!」
「そんな、大したことしてないから」
苦笑しながら言うと、私は時計を見やる。時刻は6時30分。窓の外は薄暗くなり始めていた。
(そうだ、明日のお弁当の材料買いに行かなきゃ)
用事を思い出して立ち上がると、紅さんは首を傾げた。
「リアラちゃん?」
「ごめん、紅さん、私、明日のお弁当の材料買いに行かなきゃ」
急いでノートと筆記用具を鞄にしまい、椅子を自分の机の前に戻すと、私は小走りで教室の出入口に向かう。
廊下に出てから紅さんの方を振り返り、
「暗くなってきたから、帰り気をつけてね」
そう言い、じゃあね、と手を振ると、私は玄関に向かって急いだ。
自然と出た笑みに、何となく不思議な感覚を覚えながら。