▼ 一日の始まり 1
窓から朝の陽射しが差し込む中、事務所にベーコンの焼ける香ばしい匂いが漂う。キッチンでは、ネロが二代目と共に朝食の準備をしていた。
「しあ」
背後から聞こえた鳴き声に二人が振り返ると、水色の生き物がこちらを見上げていた。
ネロは微笑む。
「おはよう、リアラ。相変わらず早いな」
「しあ!」
「手伝ってくれんのか?いつもありがとな。なら、おっさん起こしてきてくれるか?」
「しあっ」
わかった、とでも言うように一鳴きすると、リアラは二階への階段を駆け上がっていく。その姿を見送りながら、二代目が微笑む。
「相変わらずネロに懐いてるな」
「いや、一番懐かれてんのはおっさんだろ。何であんな懐かれてんのかはわからねえけど」
ネロがそう答えた時、二階から初代が欠伸をしながら下りてきた。彼の腕の中には薄紫色の生き物がいる。
「おはよう」
「ああおはよう、初代」
「おはよう。今日は目覚めがよさそうだな」
「鈴が起こしに来てくれたからな」
初代がそう言って鈴を見ると、鈴は小さく一鳴きする。
「若と髭は?」
「若はバージルとドレアムが、髭はリアラが起こしに行ってる」
「あー、バージルとドレアムか…若死んだな」
ご愁傷様、と初代は心の中で手を合わせる。
「そういえば、ティナは?」
「ティナなら、ディーヴァの傍にいる。ほら」
ネロが指差した方を見ると、ビリヤード台の下に隠れて震える小さな茶色の生き物。もう一匹の茶色の生き物が寄り添って、落ち着かせるように頭をぐりぐりしている。
「相変わらず怖がりだな…」
「仕方がないさ。ゆっくり慣れていけばいい」
二代目がそう言って微笑んだその時、二階から若の声が響き渡った。
「ぎゃあああ!!!」
「…やられたか」
「さっさと起きねーからだろ」
哀れみの目を向ける初代と、キッパリと言うネロ。そのすぐ後、二階から髭がリアラを連れて下りてきた。リアラは髭の頭に乗り、彼の髪をわしゃわしゃと掻き回している。
「ふああ…朝から賑やかだな」
「起きるの遅えよ、おっさん」
ゆったりとした動きで階段を下りてきた髭をネロは睨む。
「まあまあ、起きたんだからいいじゃねえか。これで起きなかったら悲惨なことになってるぜ」
「まあ…そうだけど」
初代の言葉にネロは渋々頷く。
一度、リアラが起こしに行って髭がなかなか起きなかったことがあり、怒ったリアラが『ふぶき』を起こして部屋を雪まみれにしてしまったことがあったのだ。本人に悪気はないが、丸一日部屋が使えなくなって、あの時は大変だった。
髭もそれでこりたのか、それ以降は比較的ちゃんと起きている。
リアラがネロに向かって一鳴きする。
「ああ、あと手伝いはないから、おっさんの近くで大人しくしてな」
「しあ」
リアラは髭の頭から下りると、椅子に座った彼の膝の上で丸くなる。
その時、階段を下りる音と共に再び上から若の声が響き渡る。一緒に聞こえるのはバージルの声。
「もう少しマシな起こし方できねーのかよ!死ぬだろ!」
「ふん、お前があれごときで死ぬか」
「何だと!?」
ドレアムを肩に乗せたバージルと共に姿を現した若は血まみれだった。このままだと床が汚れてしまいそうだ。
「若、とりあえず血拭け。そのままだと床が汚れる」
ネロが風呂場から持ってきたタオルを若に投げる。それを受け取って血を拭きながら、若は文句を言い始める。