▼ この笑顔に弱くて
「ケルちゃーん!お散歩の時間だよ!」
よく通る明るい声と共にリサがリビングにやってくれば、ソファーの上で寛いでいたケルベロスはのそりと立ち上がった。そしてリアラの足元で待機していたケルベロスは頭をゆっくりと持ち上げる。手にしていたリードをケルベロスの首輪に繋げたリサは、きょとんとしたリアラと訝しげに様子を窺うあちらのケルベロスを見て不思議そうに首を傾げた。
「そういえば、そっちのケルちゃんはお散歩いつ行ってるの?」
「…お散歩…」
「…………」
さも当然の様に尋ねるリサに思わずリアラとその相棒はちらりと視線を交える。こちらのケルベロスは現在大きなドーベルマンのような姿をしている。あちらのケルベロスも今は仮の姿で、本来は地獄の番犬ケルベロスなのだ。仮の姿とはいえ元は魔獣。普通の犬とは似て非なるものの筈…なのだが。当たり前のように発せられた『お散歩』というワードに困惑するリアラたちに、リサは無垢な瞳を向けている。
ちなみに言い分としては
「犬を飼うなら、ちゃんとお世話しなきゃ!お散歩もしてあげなきゃかわいそうでしょ?」
「姫君の散策に護衛としてお供するのは当然の務め」
と、リサとケルベロスの間に絶妙なすれ違いが起きていたりするが一人と一匹はその事実に気付いていないのだった。ニッコリ笑ったリサはリアラへ問いかける。
「せっかくだから一緒に行かない?」
ここ数日暮らして分かったのだが、リアラはリサの笑顔の誘いに弱かった。完全な良心からの言葉というのが分かるが故に、リアラは断る術を持たないのだ。そして困惑の表情を浮かべる主にお願いされれば、あちらのケルベロスとて断る事は出来ないのだった。