▼ 怖がり狼の笑顔(2)
「まあまあ、二人ともそれくらいにしておきましょう。お茶を淹れてきたので、よかったら飲みませんか?」
「あ、私手伝います」
(緋紗(母さん)、ナイス…!)
いつの間にか準備していたらしく、ティーカップの乗ったトレイを持ってきた緋紗にリアラは手伝いを申し入れ、立ち上がる。絶妙なタイミングで差し伸べられた救いの手に、ネロとリコは心の中で礼を述べる。
みんなでお茶を飲みながらほっと一息つく中、エレンは眉間に皺を寄せて唸る。
「うーん…」
「どうしたんですか、エレン。そんなに悩んで…」
「えっとね、リアラを見ててみんなは動物に例えるなら何かなって思ってね、考えてたの。ねぇ、リアラは私達を動物に例えるなら何だと思う?」
「えっ、私ですか?」
「ええ、そう。ね、教えて?」
突然話を振られ、リアラは戸惑う。だが、エレンに期待の籠った目で見つめられて答えないわけにはいかず、うーんと唸りながらリアラは口を開く。
「そうですね…エレンさんは小型犬、ですかね。キラキラした目とか、雰囲気とか…」
「そうなの、嬉しいわ。じゃあ、緋紗は?」
「緋紗さんは黒猫ですかね。雰囲気とか、すらっとした感じとか…」
「うんうん、じゃあバージルとダンテは?」
「バージルさんは犬、ダンテさんは猫、ですかね。雰囲気が。あ、ダンテさんは二人共、って意味です」
「あら、双子なのにイメージは違うのね」
「まあ、性格が違いますし…」
むしろ、同じ動物にしない方がいい気がする。内心そう思ったが、リアラは口にはしないでおいた。
「じゃあ、ネロ達は?」
「ネロは狼、リコとリサは猫、かな。それと、オニキスは犬かな。何となく雰囲気で、ですけど…」
「あら、じゃあネロはリアラと一緒ね。よかったわねー、ネロ」
「あー、うん…」
何ともいえない顔をしながら、ネロは頷く。リアラはそれを見て苦笑する。
ふいに、今まで黙って様子を見ていた緋紗の夫が口を開く。
「しかし、見事にわかれたな。一緒に暮らしてると似てくる、ってことか?」
「むしろわかれてくれた方が助かる。お前と同じなぞ御免だ」
「ハッ、こっちだってお断りだ」
バチッ、と火花が散ったかと思うと、お互いの存在などないかのように振る舞い始めた二人はそれぞれの愛する妻に手を伸ばす。
「エレンは小型犬か…確かに愛らしくて護りたくなるところは似ているな。まあ、いついかなる時でも護ると誓っているが」
「バージル…」
「黒猫、ね…確かに素っ気なくて上手く逃げちまうところはそっくりだ。まあ、もし逃げたとしても逃がしてやる気はねえけどな」
「ダンテ…」
他など目に入らないとでもいうかのように二人の世界に入ってしまったそれぞれの夫婦に、子供達は呆れ顔を向ける。リアラもエレンとバージルの邪魔をしないように座っていたソファからそおっと立ち上がり、リコ達の元に移動すると苦笑しながら口を開いた。
「何だか甘い雰囲気だね」
「本当にね、いつものことだけどさ」
「せめて私達のいないところでやってほしいよね」
「しばらくあのままだろうし…落ち着くまで俺ん家来るか?」
「そうだね、じゃあお言葉に甘えて」
「リアラも行こ。すぐ隣りだし、少しくらい外に出ても大丈夫だよ」
「あ、うん」
ネロの提案に皆で頷き、リアラがリサに手を引かれ、一歩を踏み出した時だった。
「ちょっと待った」
肩に置かれた大きな手が、リアラの歩みを止める。リアラは顔を上げて首を傾げた。
「ダンテさん?」
「リサ、悪いが二人と先に行っててくれ。少し、リアラと話したいことがあるからな」
「?うん、わかった。じゃあ後でね、リアラ」
「あ、うん」
何が何だかわからないまま、リアラは頷く。そのまま扉が閉まるまで三人を見送ると、リアラは再び恋人を見上げる。
「あの、ダンテさん、話って…」
「…お前は無防備すぎだ」
「…え?」
唐突に呟かれた言葉と、見上げた先で交わった少し怒りの籠った目にリアラは驚く。
「お前が今でも人が苦手で、だからこそ気を許した相手には警戒心がないのもわかる。けどな、どれだけ親しい奴でも、他の男に無防備な姿を見せないでくれ。…さっきのお前の一言だって、内心嫉妬してたんだ」
「ひゃ…!」
空いていた肩に手を置かれた次の瞬間、耳に感じた感触にリアラは短く悲鳴を上げる。眼前にある狼耳に軽く噛みついたダンテは、そのままの距離で声を吹き込むかのように心の内を吐き出す。
「俺だって男だ、恋人が他の男と親しげに話してたら嫉妬する。頼むから、他の男に簡単に触っていいなんて言わないでくれ。…お前は、俺のものだろ」
「…っ」
俺のもの、その言葉にリアラの顔は真っ赤に染まる。その顔を満足そうに眺めると、ダンテは身体を離す。
「あまりあいつらを待たせるわけにいかないからな、そろそろ行くか」
ポンポンと頭を撫で、そのまま玄関に向かおうとしたダンテだったが、袖を引かれ後ろを振り返る。
「ん?どうし…」
尋ねようと開かれた唇は、柔らかなものに塞がれて最後まで言い切ることができなかった。両手でダンテの腕を引き、精一杯の背伸びをしたリアラが彼の唇に自分の唇を重ねていたから。
「…っ、こんなことするの、ダンテさんだけですから」
吐息のかかる距離で告げたリアラは、早足で玄関へと向かう。その顔は先程より赤く、不意を突かれたダンテの頬も赤く染まる。
「…これは一本取られたな…」
でも、こういうのも悪くない。緩む口元を抑えながら、ダンテは彼女の後を追った。