▼ 迫るあの日
この世界に来て、一ヶ月が経とうとしている。こちらでの生活にだいぶ慣れたリアラは、毎日を楽しめる程には心に余裕ができていた。
「じゃあ、おやすみなさい、緋紗さん」
「ええ、おやすみなさい」
廊下で挨拶を交わし、二人はそれぞれの部屋へと向かう。リアラは寝室として借りている部屋の前に着くと、ゆっくりと扉を開けた。
「ん、来たか」
「あ、起こしてしまいましたか?ごめんなさい」
「いや、気にしなくていい」
申し訳なさそうに言うリアラに、ベッドに横たわっていたダンテは眠たげな目を向けつつも笑って返す。
初め、緋紗が二つ部屋を用意すると言ってくれたのだが、申し訳なく思ったリアラは同じ部屋でいいと答えた。ダンテも同じ意見で、こうして同じ部屋で寝ている。とはいえベッドは別で一緒に寝ているわけではないのだが、部屋に二人っきりという状態にやっと気づいた時はだいぶ狼狽えた。今でこそ普通にしていられるが、最初の頃はドキドキしてなかなか寝られなかった。今思えば、ダンテが自分の意見に同意した時、不測の事態に対処できるようにやら何やら言っていたが、単に一緒の部屋がよかったからではないかと思う。
「今日は遅かったな」
「緋紗さんとお話してたんです。今度はどこに出かけようか、って」
ポンポンとベッドの縁を叩くダンテに招かれ、リアラは彼の横たわるベッドの縁に腰掛ける。のそりと起き上がったダンテがリアラに遅くなった理由を尋ねると、彼女は素直に遅くなった理由を話してくれた。
「そうか、ずいぶん仲よくなったもんだ。お前がこの生活を楽めてるようでよかったよ」
「ありがとうございます」
優しい笑みで頬を撫でてくれるダンテの手に頬を擦り寄せ、リアラも柔らかい笑みを浮かべる。
「そういえば、今日は外が明るいですね」
「ん?ああ、そうだな…もうすぐで満月だからな」
ふと窓の外に目をやったリアラにダンテも同じようにして答える。だが、数瞬の後、二人は大切なことを忘れていたと言わんばかりに顔を見合わせた。
「どうしよう…!すっかり忘れてた…!」
「すまない、俺も忘れてた…俺が覚えてたら、お前に言ってやることもできたのに…」
「そんな、ダンテさんは悪くありません!自分のことなのに忘れてた私が悪いんです!…でも、どうしよう…こんな話したら、怖がられちゃう…」
「怖がられる、ってことはないだろ。ここのやつらは他と違っていろいろと経験してる、その話を聞いたからって動じるようなやつらじゃない」
「でも、姿について何も言われなかったとしても、力がコントロールできなくて暴走するって知ったら…!」
「…リアラ」
青ざめた顔でついには涙を浮かべ始めたリアラの身体を引き寄せ、強く抱きしめたダンテは静かに話しかける。
「ここ最近は落ち着いてるだろ?それに、お前は人を傷つけないように気を遣ってるし…そんなに心配しなくてもいい」
「でも、暴走しない保証なんてないんですよ?自分の未熟で誰かを傷つけたら…」
「そうなる前に俺が止めてやる」
腕の力を緩めると、ダンテは自分を見上げるリアラの目元に浮かぶ涙を拭ってやる。
「それに、上手く力がコントロールできないのは精神的なところが大きいだろ。あまり不安がるな、精神が不安定になってるとそれこそ暴走しかねないぞ」
「は、い…」
「ちょっと気持ちを落ち着かせるために深呼吸するか、ほら」
ダンテの指示に従い、ゆっくりと吸って吐いてを繰り返す。呼吸に合わせて背中をさすってくれるダンテの手にようやく落ち着きを取り戻し、リアラは微笑む。
「もう大丈夫です、ありがとうございます、ダンテさん」
「そうか。…不安になるのは仕方ない、けどな、一人で抱え込むな。俺がいる」
「はい」
「いろいろ考えて疲れたろ、もう寝ろ」
横にずれて隙間を作ると、ダンテはリアラの肩を引き寄せ、自分の隣に横たわらせる。腕枕をしてやり、あやすように背中をポンポンと叩いてやると、眠くなってきたのかリアラの瞼がゆっくりと下がっていく。
「おやすみなさい…ダンテさん」
「ああ、おやすみ」
微笑んで返してやると緩く笑みを浮かべ、リアラは瞼を閉じる。小さく寝息を立て始めた彼女を抱き寄せ、ダンテは明日このことを話すであろう彼女の傍にいてやろうと強く誓うのだった。