▼ Will you marry me? 1
夏が近づき、徐々に暑くなってきたある日。
バターンッ!
「う゛ああー、疲れたー」
事務所の扉が勢いよく開き、雪菜が転がりこむように室内に入ってきた。
「お帰りー、つなちゃん。大丈夫?」
「ただいまー、ねこちゃん…。うう、死にそう…」
「お疲れさま。何か飲む?」
「うん。お茶ください…」
「了解」
苦笑して、たまごねこはキッチンへと向かう。
やっとのことでいつも食事で使っているテーブルまでやってくると、雪菜は椅子に座り、テーブルに突っ伏す。う゛ー…と唸り声を上げていると、近くからガチャリ、と扉を開ける音がし、足音がこちらに近づいてきた。
「お帰り。かなりお疲れのご様子で」
「おじさん…」
ぽん、と大きな手が頭に乗せられ、雪菜が顔を上げると、髭が苦笑しながらこちらを見ていた。風呂上がりなのか、肩にはタオルがかけてあって、濡れてしっとりとした銀色の髪からは雫が滴っている。
『sing doll』達は機械であるにも関わらず、皮膚が人間に近いもので出来ており、防水性が高いため、人間と同じようにシャワーを浴びることができる。お風呂は長時間水に浸かってしまうので、さすがにだめだが。
「おじさん、髪はちゃんと拭かないとだめだって何回言ってるの」
「悪い、ついな」
悪びれずに謝る髭に雪菜はため息をつく。
どうも『ダンテ』と名のつく四人は、どこか大雑把なところがあるらしい。2様と初代は時々忘れるものの、ある程度は守ってくれているが、若と髭はほぼ毎日こんな感じだ。大抵はリアラや雪菜、たまごねこの女子群が世話を焼いている。
ぺちぺちとテーブルを叩き、雪菜は口を開く。
「ほら、ここ座って。髪拭いてあげるから」
「疲れてるなら無理するなよ」
「放っとけば、そのまま拭かないで寝るでしょ。ほら、早く」
急かす雪菜に、髭は大人しく隣りの席に座る。
髭の肩からタオルをとると雪菜は立ち上がり、髭の背後に回る。
「わざわざ立たなくてもいいんじゃねえか?」
「立った方がやりやすいの。座ったままだと手、届かないし」
そう言い、雪菜は髭の髪をタオルで拭いてやる。強く擦らないように気をつけつつ、優しく丁寧に拭いてやる。
雪菜がそうしていると、キッチンへ行っていたたまごねこがお盆を手に戻ってきた。
「つなちゃーん、お茶持ってきたよー」
「あ、ありがとー。あれ?三つってことは、それ、おじさんの分?」
テーブルに置かれたお盆の上のコップの数に、雪菜は首を傾げる。コップの数は三つ。今ここにいるのは自分とたまごねこと髭だけだ。となると、必然とそうなるだろう。
「うん、コップに氷入れてる時におっさんの声聞こえたから、おっさんの分も用意したんだー」
頷くと、はい、どうぞ、と言って、たまごねこはお茶の入ったコップを髭に渡す。
「お、悪いな」
「いいえー。はい、つなちゃんもどーぞ」
「ありがとう」
雪菜にもお茶を渡したたまごねこは、雪菜の向かいの席に座る。