▼ Start-up!
「紅っ!急いで!」
「あっ、待ってよリアラ!」
そして、若たちのライブ当日。
『Crazy Sound』のバイト用のパーカーを羽織ったリアラと紅は、ステージの上に立ち司会をするのが恒例のようなものになっていた。
「みんな!待ちに待ったライブの日だよ!楽しもうねー!!」
マイクを通して熱く叫ぶ紅に、リアラが苦笑してみせる。
「もう…一番楽しんでるのは紅じゃない」
「だって超ワクワクしてるもん!ねー?」
観客に向かって問うと、皆の拳が上がって威勢の良い声が返ってくる。今まで何度か軽音部のライブをしていた成果なのか、馴染みの観客も増えているようだった。
「すごいよリアラ!今日のお客さん元気いっぱいだ!」
「私もとってもドキドキしています!皆さん、今日は思いっきり楽しんでくださいね!」
「それじゃーいってみよー!!」
「『shoot bullet』です!どうぞ!」
手を掲げた二人は舞台袖へ駆ける。その先では、若、ネロ、ルイス、カイが円陣を組んで待っていた。
「ほら、お前らも入れよ!」
「リアラ!」
「うん!」
若の誘いに紅がリアラの手を引いて円陣に加わる。全員で肩を組み、若に続いて鬨の声が上がった。
「っしゃあ!気合い入れて行くぜ!」
「ーーーShoot bullet!!」
眩いスポットライトの元へ意気揚々と向かうメンバー。それを見送っていると、最後にステージへ向かっていく若が振り返った。
「楽しもうね!若!」
「…おう!」
紅が差し出した握り拳に、若が拳をコツンと当てる。ニッ、と笑って光の中へ消える背中を、紅は眩しそうに見ていた。
***
「乾杯!」
グラスを掲げてライブの成功を祝う。打ち上げにはメンバーだけでなく、顧問の初代や二代目、バージル、そして髭も参加していた。
「そういや、三華がいなくね?」
首を傾げるルイスに辺りを見回す若たちだったが、事情を知るネロと初代が目配せをする。今、探しにでも行かれると折角の彼女たちの努力が無駄になってしまう。話を逸らさなければ。
「…あいつらの事だから、ドリンクの準備でも手伝ってるんじゃないのか?」
「ま、すぐ戻って来るだろ。それよりもアレ食おうぜ」
「ん?おー!ストサンだ!」
丁度マスターが持ってきたストサンに若は一瞬で夢中になる。呆れながら後に続くルイスとカイ。
「…チョロいな」
「まァ、若だしな」
なんて会話をネロと初代がしている頃、キリエに呼び出されたリアラと紅は差し出されたものに目を丸くしていた。
「キリエ、これ…」
「今日の二人のステージ衣装を作ってきたの。…着てくれる?」
「わざわざ作ってくれたの…?」
朗らかに微笑む彼女から衣装を受け取って、紅とリアラはそっと衣装を広げた。一目見ただけでも分かる手の込んだその作りはキリエの優しい気持ちが伝わってくるようで、じんわりと胸が熱くなる。
「素敵な衣装ありがとう…」
「嬉しい…!」
「私はこんな事くらいしか出来ないけれど…少しでも二人の力になれたら嬉しいわ」
聖母、という言葉がこれ程に似合う女性はなかなかいないだろう。キリエの微笑みには、不思議な魅力がある。
「ほんっと…キリエってスゴイよ…」
感心したように呟く紅にリアラが続けた。
「…本当にありがとう。大切に着るね」
壊れ物に触れるかのように、ふわりと胸に抱く。キリエの気持ちが嬉しくて、力が溢れてくるようだった。
「頑張るから!見ててね!」
紅は満面の笑みでキリエに宣言する。不安はあるけれど、それ以上にワクワクで胸がいっぱいで、精一杯楽しもうと思った。今この一瞬が、かけがえのない時間なのだから。
頷き合った紅とリアラの瞳は、キラキラと輝いていた。