▼ springtime of life
テスト最終日の放課後、軽音部の部室にリアラと紅の姿があった。
「テスト無事に終わって良かったぁ〜。リアラ先生のおかげで思ったよりもできたし!」
明るい声音で話す紅に、リアラは少し照れたように笑う。
「もう、先生だなんて大げさなんだから」
向かい合って座る二人の間には学校の机があり、リアラのiPodがスピーカーに繋がれていた。程よい音量で流れるのは、二人の好きな『silver tail』の新曲だ。好きな曲をBGMに話をするのは楽しくて、ついつい時間が経つのを忘れてしまう。
「なんだ、二人ともまだ残ってたのか」
と、部室の扉を開けて入ってきたのは初代だった。少し疲れた様子で壁際に置かれたソファーに座り大きく伸びをする。柔らかく沈む素材を気に入っているようで、初代の定位置となっていた。
「初代!今回のテストは若もあたしも赤点取らないから安心して!」
紅がグッと親指を立ててみせると、初代は軽快に笑う。
「ははっ、そりゃー助かる」
「無事にライブ出来そうで良かったね」
「うん!」
今回あの若でさえ、いつも以上にテスト勉強を頑張ったのには訳がある。というのも、もうすぐ軽音部のライブが行われるからだ。場所は勿論『Crazy Sound』で。部活解禁ということもあって早速若たちはライブの練習に行っている。紅も心置き無くライブを楽しむために懸命に勉強をしたのだった。上機嫌の紅がスピーカーから流れる曲に合わせて歌を口ずさんでいると、思い出したように初代が言った。
「そういや、リアラの歌声を久しく聴いてないな」
「…え?」
「ん〜…確かにそうかも」
恥ずかしがり屋のリアラは、なかなか人前で歌う事を良しとしない。紅は音楽の授業で歌声を聴ける機会もあるが、やっぱり好きな曲を歌う時の方が自由に感情を込めて歌えるというものだろう。何かを思案していた初代は指を鳴らして、良い事思いついた、と口角を上げた。
「ライブの打ち上げの時にサプライズで歌ってみれば良いんじゃないか?」
「えっ!?…そ、そんな、急に言われても…」
「せっかく上手いんだ。この機会にステージに立ってみたらどうだ」
戸惑うリアラが助けを求めて紅を見ると、彼女はキラキラと目を輝かせてこちらを見ていた。
「紅…?」
「初代、それ名案…!」
がしっ、と手を握られて思わず身を引くと、紅は爛々とした瞳で言う。
「あたしもリアラの歌声聴きたいもん!初めて聴いたのもあのステージだったしさ!歌ってよ…!」
期待に満ちた眼差しを向けられて、たじろぐリアラの様子に初代が苦笑を零した。
「いくら打ち上げで、って言っても大勢の前で一人で歌うのは流石に心細いだろ」
思わぬ助け船にリアラが頷く。だから、と続けた初代の言葉は思いもよらないものだった。
「紅も一緒に歌えば良い」
「…あ、あたし…?」
今度は紅も揃って目を丸くした。歌うのは楽しくて好きだ。けれど、若やリアラのように上手いかと問われれば否と答える。とても人前で披露出来るものじゃない。
「…そりゃあ歌うのは好きだけどさ…あたしだとリアラの足引っ張っちゃうよ?」
心底そう思って言ったら、リアラが突然、怒ったように身を乗り出した。
「そんなことない!紅がいつも楽しそうに歌うから、私も歌いたいって思うんだから。元々音楽は好きだったけど、紅がいてくれたから、もっと好きになったんだよ?」
「…リアラ…」
心強くて嬉しい言葉に、目頭が熱くなる。こんなに幸せな気持ちをくれる親友と一緒になら、いつも以上に楽しく歌えそうな気がした。そしてリアラも、紅とステージに立ってみたいという気持ちが、人前で歌う恥ずかしさを上回っていた。
「一緒に、やってみない?」
「……うん!やろう!」
大きく頷く紅にリアラは優しい微笑みを返す。二人を見守っていた初代も、柔らかな眼差しを向けていた。楽しみでもあり不安もあるけれど、高校生としてこんな風に二人で何かを成し遂げられる機会も、きっと残り少ない。高校を卒業したらそれぞれの進路が待っているのだ。ならば今できる最大限の事をしよう。二人の胸にはそんな思いもあった。
「なんか、ワクワクしてきた!」
「頑張ろうね!」
笑い合う紅とリアラは、その日下校時刻になるまでずっと、時間を忘れて会話を弾ませるのだった。