コラボ小説 | ナノ
 Always with you.

漣の音が穏やかに鼓膜を震わせ、腰に回された腕からは寄り添う若のぬくもりが心地良く伝わってくる。日の沈んだ海辺は肌寒いけれど、守るように包む若の腕とゆるやかに頬を撫ぜる海の風はちっとも寒さを感じさせなかった。海沿いの道路脇にバイクを停め、それを背に身を寄せる二人の姿を外灯の明かりが優しく照らしている。


「若ってさ、海好きだよね」


夏は勿論、若はよく紅と海へ来る。そう指摘すると思いもよらない返事が返ってきた。


「紅も好きだろ?」


海に連れて行くと、彼女はいつだって嬉しそうに顔を綻ばせる。飽く事なく海を眺める紅の横顔を眺めるのは、嫌いじゃなかった。互いに互いの喜ぶ表情が見れるから海が好きだなんて、なんだか気恥ずかしい。


「…そ、そうだ…!若にね!プレゼントあるんだ!」


むず痒い空気を変えようと紅は両手を叩く。彼女が差し出したプレゼントは、先程寄った花屋で買ったものだった。


「たくさん買っても潰しちゃいそうだから、一輪だけにしたんだ」


照れくさそうに、可愛らしくラッピングされた花を軽く掲げて見せる。若に花を贈るなんてこの先無いかもしれないと、紅は小さく笑った。


「花なんて貰ったの初めてだ」

「…だろうね。あたしも花なんて初めて買ったよ」

「何てヤツ?」

「えっとね…ラナンキュラス、っていうの」

「ラナンキュラス…」


花の知識なんて全く無い若は、それを受け取りながら初めて聞く名前を呟く。赤い花弁はまだ完全に開ききっていないものの、大輪となりそうな立派なものだった。


「…あの、それでね…リアラに花言葉教えてもらったんだ」

「花言葉?」

「うん。赤いラナンキュラスの花言葉は…『あなたは魅力に満ちている』だって。カッコイイでしょ?」


これを告げるのは、なかなかに気恥ずかしくて照れる。けれど折角リアラが教えてくれた事を若にも知って欲しかった。そして、面と向かっては言えない自分の想いも花に寄せて伝われば良いと思った。


「…俺の事、そう思ってくれてんの?」

「………うん」


頷いて、顔が赤くなる。俯いて隠そうとすると大きな手のひらが少し乱暴に頭を撫でた。チラリと上目遣いに若を盗み見れば、彼の耳も、赤く染まって見える。


「ありがと、な」

「うん…えへへ…」


嬉しい。喜んでくれた。照れ隠しの乱暴さが心を擽る。だらしなく口元が弛んで笑ってしまった。


「…っん」


蕩けるような笑みを浮かべた紅に、若は自然と唇を重ねた。嬉しかった。彼女が自分を想ってくれる事が、幸せそうなその表情が、どうしようもなく嬉しくて愛おしい。


「俺も、紅に贈りたいものがあるんだ」


突然のキスに固まる紅の手を取って、そっとプレゼントを置いた。


「さっきのシルバーアクセサリーの店で買ってきた」

「…開けて、いい?」


若の行動には次から次へと驚かされる。そっと包みを開ければ、シンプルなシルバーのネックレスが姿を表した。


「二つあるよ?」


首を傾げた紅に、若は歯を見せて笑った。


「ペアネックレスだからな。やっぱ毎日着けるならこっちのが良いと思って」


チェーンの部分を持って掬い上げると、シンプルなプレートがぶら下がっている。何か文字が彫ってあって、紅は外灯の明かりを頼りにその文字を追った。

Always with you.

いつでも傍にいる、という誓いの言葉。


「…ずっと、傍にいてくれる?」

「………当たり前だろ」


優しさに満ちた目を細める若は、いつもより大人びて見える。ネックレスを手に取ると、紅を抱くように腕を伸ばした。首の後ろに手を回され、チェーンの冷たさと目の前にある逞しい若の体に鼓動が早まった。離れる間際、柔らかな首筋に若の唇が触れたものだから、紅の口から小さな悲鳴が漏れる。


「…っ!若…!」

「…わり。イイ匂いしたから、つい」


俺にも、と言われて渋々、同じように若に腕を回したものの身長差があるためなかなか上手くいかない。紅が懸命にチェーンの留め具と戦っている間、思いもよらない距離にある彼女の白い肌と服を押し上げる胸の膨らみに、若も己の煩悩と戦う羽目になった。


「できた!」


苦戦したものの、何とか成功したらしく笑顔で紅は若の顔を覗き込む。二人の首に揺れる同じネックレスは、繋がりがあるみたいで嬉しい。心は繋がっている、それが形になったみたいで。


「…嬉しい、な」


嬉しくて、嬉しくて、零れる笑みを抑えられない。プレートに指を沿わせながら溢れてくる喜びに浸っていると、馴染んだ声が甘い響きを含ませて名前を呼ぶ。


「紅」

「ん?」


顔を上げればすぐ近くに若の顔。


「…キスしていいか?」


既に触れてしまいそうな距離で囁く。


「………ん…」


紅は自分から、そっと顔を寄せて唇を重ねた。


「…ダンテ」


言いたいことが沢山ある。嬉しい、ありがとう、ずっと一緒にいてね、それから…


「好き…だいすき…」


囁いた言葉は触れる唇に伝わって、応えるように若は紅の腰を引き寄せた。甘い口付けは言葉を交わすように重なり合って、その時だけは二人だけの世界にいるような錯覚を覚える。薄く夕日を残していた空は夜空に変わっていた。輝く月と星々は、ただただ静かに、天と地上を満たして。