▼ dress-up doll
「ね!あの店寄っていい?」
ショッピングモールで紅が指差したのはカジュアルなものからイロモノまで様々な服を売っている店だった。特に行く場所を決めていなかったリアラたちが頷くと、若の手を引いた紅は笑顔で駆け出す。
「あんまはしゃぐなって!」
恥ずかしがっていたのが嘘のように、以前と変わりない態度を見せ始めた彼女に若は戸惑いつつも嬉しく感じていた。リアラと髭はそんな二人を微笑ましく眺めながらゆっくりと後を追う。
「…若、ちょっと協力して」
リアラたちと離れた時、若にだけ聞こえるよう紅が囁いた。ちらりと横顔を窺えば、その表情は悪戯を思いついた子供のように純粋な輝きを放つ。仕方ねえな、と返しながらも若の唇がつり上がった。こういう時の連携には自信がある。手短に何やら相談した二人は小さく頷き合って行動を起こした。
***
「リアラ、紅が試着室で苦戦してるみたいだから手伝ってやってくれ」
暫く店内の商品を眺めていたリアラは、若の声に振り返る。姿が見えないと思っていたが、どうやら試着室に籠ってしまっているらしい。若に頷いて試着室へと足を運べば、閉まったカーテンの前に見慣れたパンプスを見つけた。
「紅?」
控えめに呼び掛けると、紅の助けを求める声。
「手伝ってあげるから…入ってもいい?」
「うん…お願い」
承諾を得たリアラはブーツを脱いでそっとカーテンを開ける。すると…
「えっ!?」
腕を強く引かれ驚いている間に紅に肩をがしりと掴まれた。目の前の彼女は何故か着替えておらず、したり顔で言う。
「さ、着替えよっか!」
「…え?ちょっと、紅…っ?」
何がなんだか分からず混乱している間にも服を脱がされてしまい、壁に掛けてあったワンピースを被せられた。鏡に映る自分の姿に驚愕し紅を制止する。
「こ、こんなの恥ずかしいから…!」
慌てて着替え直そうとするも紅がそれを許さなかった。
「今日はあたしのために色々してくれたんでしょ?だから、リアラに感謝の気持ちを込めてプレゼント!」
そう言って紅は勢いよくカーテンを開け放つ。目の前には若と髭が待ち構えており、リアラの姿を見た二人は動きを止めた。
「セクシーでしょ?リアラに似合うと思ってさ!」
「随分思い切ったな」
はしゃぐ紅に若も楽しそうに答えた。一方で髭は口元を押さえたまま、じっとリアラを見つめる。視線の先に居るリアラはミニ丈のワンピースを着ていて、両サイドにあるスリットから白い肌が覗き艶かしく、淡い水色の生地は軽くて柔らかいがそのぶん心許ない。頬を染めて恥ずかしそうに俯く彼女の初々しさが、いっそう可愛らしく色気を滲ませた。
「………」
「………っ、」
黙って眺められて居た堪れない。長い沈黙が続く恥ずかしさに視界が滲んだ時、クッと喉を鳴らして笑う声が聞こえ顔を上げた。
「…………最高に綺麗だ」
極上の、とびきり色っぽい笑みを向けられて心臓が跳ね上がる。リアラは彼が時々見せるこの表情に弱かった。蕩けてしまいそうな、溶かされてしまいそうな。
「…あ、ありがとうございます…」
消え入りそうな声で返すリアラに髭は微笑みを返す。彼の大人な対応に、紅と若は驚きつつも感心していた。
「もっとヤラシイ事言うかと思ってた…」
「意外とちゃんとしてるんだな。おっさんのくせに」
「…お前らなァ…」
隠しもせずに感想を述べる二人に呆れた声を上げる。それでも直ぐに笑みを作って
「お前らにしてはイイ仕事したな」
こんなに良いものを見れるとは思わなかった、と続けた。
「ふっふっふっ…もっと褒めて!」
「お前らにしては、ってのは余計だけどな」
鼻高々の紅に憎まれ口を叩く若。そろそろ着替えたい、というリアラの声に惜しみながらも頷くと、潤む瞳がキッと紅を睨んだ。
「…次は紅の番だからね」
「…………」
恨みというか怒りを含んだ声音に紅の顔が青ざめる。けれど時既に遅しというやつで。
「あ、あの…リアラ…?」
「ちょっと黙ってて」
「…ハイ…」
元の服装に戻ったリアラは、店内の服を幾つか手に取ると紅の腕を引いて試着室へ連行してしまった。これ以上怒りを買う訳にもいかず、紅はおとなしくされるがままになっている。服を着せていると紅が恐る恐る謝ってきた。
「…えと、ごめんね…?おっさんが喜んだらリアラも嬉しいかな、って思って…」
しゅん、とする紅はまるで飼い主に叱られた仔犬の様で、リアラは思わず笑ってしまう。漸く笑ってくれた友人に紅もホッと胸をなで下ろした。
「紅の気持ちは嬉しかったよ?凄くビックリしたし、とっても恥ずかしかったけど!」
「う……ごめんなさい…」
「気にしないで?これでおあいこだから」
「え…ちょっと待ってこれって…!?」
鏡を確認し言った時にはカーテンが開いた後だった。満足そうなリアラにゆっくり振り返ると、目を見開いた若と視線が合った。
「…………」
「…………」
リアラのバカー!…と叫び出したい衝動に駆られるものの、ついさっき自分も同じ事をしてしまったのでグッと堪えた。それにしても恥ずかしい。これはおそらく…
「不思議の国から飛び出した、って感じか?」
髭の言葉にリアラが上機嫌で、その通りと返した。フリルたっぷりのエプロンドレスに身を包む彼女は童顔という事もあって、
「可愛いけど…似合いすぎだろ…」
幼い少女向けの服装なのに正直まったくと言っていいほど違和感がない。若の感想に紅は唇を尖らせた。
「わ、分かってるよ!顔が幼いって言いたいんだろ!気にしてるんだからわざわざ言うなー!」
顔を赤くして言い捨てると、乱暴にカーテンを閉めた。厚いカーテンの向こうから、着替えながらも文句を呟き続ける紅の声が聞こえてくる。拗ねたり怒る仕草がまた幼さを助長している事に本人は気付いていないが、若にとってはそんな所も含めて可愛いと思っている。着替えを終えて更衣室から出てきた紅に、若はこっそり囁いた。
「お前は急いで大人にならなくていいんだ」
「…なんで?」
「……俺が、置いてかれるみたいだろ」
まだ未熟な自分が、きちんと大人の男になってから。彼女が大人の女性になるのはそれからでいい。それまでは子供だと言われようとこのままである方が互いの性に合っている。
「…二人で一緒に成長していけばいいんだよ」
「…そうだな」
歯を見せて笑った紅に同じ笑みを返した若。二人は約束を交わすように、互いの手を握ったのだった。