▼ bitter-sweet 中
着信の音にディスプレイを見れば、珍しい人物の名前が表示されている。リアラは勉強の手を止めて携帯電話を手に取った。
「もしもし」
「今、大丈夫か」
「うん、大丈夫。…何かあったの?」
バージルが電話してくるなんて珍しい。リアラの問いに数秒の間を置いて、バージルは少し声を潜め言った。
「…紅の話を聞いてやってくれないか」
「紅の?」
唐突な話にリアラは首を傾げる。電話越しでもそれが伝わったのか、バージルは簡潔に理由を伝えた。
「彼奴はまた独りで悩んでいる。…が、今回の事に関して俺は力になれそうにもない」
「………」
「俺とダンテ以外に彼奴が頼るのはお前くらいだからな…話だけでも聞いてやってくれないか」
端的な物言いではあるが彼にしてはとても譲歩した言い方で、リアラはすんなりと頷いた。
「わかった。じゃあ明日、紅に声を掛けてみるね。実は私も気になってたから…」
本当はバージルに言われるまでもなく、最近の彼女の言動が気になっていた。
「気付いていたか」
「親友だもん。当然だよ」
「………すまないが、頼む」
聞き取れるギリギリの声量で告げると、バージルはさっさと電話を切ってしまった。彼の不器用な優しさに、リアラの表情は自然と綻ぶ。他人に無関心なようでいて、彼には彼なりの守り方があるのだろう。紅を大切に思っているのは自分だって同じだけれど、ダンテとバージル、そして紅の間には強い絆があるように感じた。
「さて、と…さっさと宿題終わらせちゃおう」
机に向き直ったリアラは、ペンを動かしながら計画を練り始めるのだった。
***
「今日、私の部屋に泊まりに来ない?」
リアラの誘いに瞳を輝かせた紅は、二つ返事で了承した。学校から帰って準備を済ませると、直ぐにリアラの部屋にやって来る。忘れ物があっても直ぐに取りに行けるのが隣室の良い所で。
「美味しい晩ごはん沢山作ってあげるからね」
「やったー!リアラの料理だいすき!」
諸手を上げて喜ぶ紅は準備や片付けを手伝って、その姿は母親を手伝う幼い娘の様だ。フライパンの中を混ぜながら横目に紅を見れば、待ち切れない、といった様子でリアラの手元を見つめている。つい笑ってしまったリアラに紅は首を傾げた。
「どしたの?」
「ううん。何でもない」
クスクスと笑いながら答えると紅は更に不思議そうな表情になった。ここで素直に思った事を言うと拗ねてしまうだろうから、内緒にしておこう。
「デザートも作るから、楽しみにしててね」
「えっ!?なに!?何作るのっ?」
ぱあっと笑みを浮かべた彼女は身を乗り出さんばかりの勢いで訊いてくる。賑やかな夕食に向けて、二人の楽しげな声が部屋を飛び交った。