コラボ小説 | ナノ
 bitter-sweet 前

スライド式の扉を開くとズラリと棚が立ち並ぶ。その中にぎっしり詰め込まれた本はきちんと整頓されていて、清閑な空気が流れているようだ。図書室に相応しく本独特の匂いが室内を漂っている。


「…なんか、手伝う事ない?」


図書委員のバージルと図書委員会顧問である二代目が仕事をこなしていると、突然紅がやって来てそんな事を言い出した。珍しい人物の思わぬ申し出に二人は動きを止め、バージルは眉を顰める。


「お前からそんな事を言い出すとは珍しい」

「たまにはいいかなー、って」


バージルの率直な感想に、紅は曖昧な笑みを返した。二代目が思案げに彼女を見つめて尋ねる。


「…悩みでもあるのか?」


授業中にぼんやりと外を眺めたり、かと思えば急に机に突っ伏したりと、ここ数日挙動不審だったのを思い返して出た質問だった。紅はそんな事を言われるとは思っておらず数度瞬いた後、的を射た二代目に小声で返答する。


「…ん。…でも、聞いてもらうような事じゃないから」


一度だけ頷いてしょんぼりと肩を落とす彼女。…と、突然大きな音を立てて扉が開かれた。


「紅居るか?」


何の前触れもなく開口一番に言って、若は室内を見回し首を傾げる。


「っかしーな…ココに居ると思ったのに」

「…扉は静かに開けろ、愚弟が」


紅を探しているらしい若だったが、肝心の彼女は瞬時に机の下に身を隠してしまっていた。バージルの小言は慣れているので聞き流して、若は二代目に問う。


「二代目、紅見てないか?」


びくり、机の下で紅が小さく肩を震わせた。


「…いや、ここには来ていないが」

「…そっか」


邪魔したな。それだけ言うと、さっさと出て行ってしまった。再び静かになった室内に沈黙が続き、恐る恐る紅が這い出てくる。


「喧嘩でもしたのか」


バージルの言葉に彼女は首を振った。言うべきか、言わざるべきか迷い、結局口を噤んでしまう。


「…さっさと言え」


相変わらず無愛想でぶっきらぼうな言い方だったが、バージルは心配してくれているようだった。二代目が紅へ歩み寄り、そっと頭を撫でる。それだけでとても安心した。頼って良いのだと言ってもらえたみたいで。


「…どうしていいか、わかんないんだ…」

「?」

「………っ」


みるみる彼女の顔が赤くなった。唇を噛み、瞳を潤ませてボソボソと悩みを吐き出す。


「わ、若が…急に優しくするから、どういう顔したらいいかわかんなくなっちゃって…」


例えば朝、挨拶を交わした後に優しく頭を撫でられる。帰りの別れ際には、触れるだけのキス。その後は見惚れるような微笑みを向けられて、胸がぎゅっと苦しくなる。今までも大切な人である事に変わりはなかったけれど、恋人になってから若の行動が随分変わった。


「嬉しいのに…反応に困っちゃって…」


恥ずかしさが勝ってつい逃げてしまう。こんな事を相談している自分に更にいたたまれなくなって、紅は両手で顔を覆った。


「あぁ…どうしよう言っちゃった…」

「………」

「可愛いな…」

「…へ?」


何が?と視線で問うてくる彼女へ、二代目は微笑みを返した。もう一度、大きな手が黒髪を梳く。


「それだけ想ってもらえるのなら、若は幸せ者だ」

「…あのバカにはそれくらいで丁度良いだろう」


続くバージルの言葉にも批難の色は無くて、ただ優しく雁字搦めになった紅の気持ちを解いていった。決して言葉数が多いわけでは無いのに、二人の口から聞くと、すんなりと心に沁みる。


「…うん…」


特に何かが解決した訳ではないのに、喉の痞えが取れたようだ。息を吐いた紅は少しだけいつもの調子を取り戻して笑顔を見せた。


「聞いてくれて…ありがと」


そう言うとバージルは一瞬視線を向けただけで逸らし、二代目が僅かに微笑みを返す。ぽんぽん、と頭を撫でられて紅は心地良さそうに目を細めた。


「…もう気は済んだろう」

「あ、うん」


空気を変えるバージルの言葉に、紅は頷き彼の方を向いた。お前の仕事を用意する。そう言ってバージルは机の上に紙の束を置いた。隣の席を視線で指したバージルは当然の如く続ける。


「思う存分、手伝え」

「…それって手伝いって量じゃないよ…」


眉間に皺を寄せて、鬼いちゃんめ!なんて軽口を返す紅は、言葉とは裏腹に穏やかな表情をしている。もう暫くここに居れば良い。そう言ってもらえた気がしたから。バージルなりに気遣ってくれてるのかもしれないなんて、都合の良い解釈かもしれないけれど。


「安心しろ。あれもお前の仕事だからな」

「えっ」


淡々と説明する彼の視線の先には目の前の倍くらいの紙が重ねられている。


「え、えええぇぇ…!?」


…本当に、都合の良い解釈をしてしまっただけなのかもしれない。紅はバージルの隣で頭を抱え、そんな二人を二代目は微笑みながら見守るのだった。