▼ おまけ
昼を告げるチャイムの音に生徒たちは各々移動を始める。クリームパンでも買おうかと立ち上がった若は、急に腕を掴まれて顔を上げた。
「若はこっち!」
ぐい、と腕を引くのは愛しい恋人。鞄を肩に掛けた紅は、疑問符を浮かべる若を屋上まで連れて行った。
「何かあんのか?」
キョロキョロと辺りを見回してみるものの屋上に人影はなく、首を傾げていると更に手を引かれる。
「なあ、どうしたんだ?」
何度目かの呼び掛けに漸く振り向いた紅はジッと若を見つめ、気まずそうに視線を逸らした。
「あの、ね…?」
言おうとして躊躇する紅。何か伝えたいことがあるのだと、それだけは理解出来たから、優しく声を掛ける。
「言いたいコトがあるなら言えよ。…ちゃんと聞くから」
少し前屈みになって顔を覗き込むと、紅は意を決した様に頷いて肩に掛けていた鞄を、ずい、と差し出した。
「お…、っ、お弁当、作ってきたから!一緒に食べよう!」
「…お、おう?」
思わぬ申し出に、気の抜けた返事をしてしまった。…あれ、今なんつった?
「…紅が、作ったのか?」
「リアラが教えてくれた!」
「…俺の為に?」
「わ、悪いか!」
「…や、全然悪くねー」
寧ろ嬉し過ぎて、どう反応していいか分からないのだが。とりあえず、
「やべ…マジ嬉しい…」
「…!」
ぎゅっと強く彼女を抱きしめた。彼女の手作り弁当に憧れない男がいるわけがない。離せと言われるかと思ったのに、予想に反して紅は若の腕の中で大人しくしていた。俯いた彼女の耳が赤く染まっていて、無意識に口元が緩む。
「すげーな…」
広げられた可愛らしい弁当箱には、リアラ直伝のカリカリの唐揚げ、シンプルながら丁度良い味付けのポテトサラダ等、彩り豊かにおかずが並べられている。
「おにぎりもあるよ」
チキンライスを薄く焼いた卵で包んだ、オムライス風おにぎりは彼女の自信作だ。ラップに包んだそれを手渡し、二人で手を合わせる。
「「いただきます!」」
言い終えると同時に、若はおにぎりにかぶりついた。
「うまい!」
感想を聞く隙もなく、次から次へとおかずも口にしていった。うまい、と何度も言いながら食事を進める若に、紅は内心ホッと胸を撫で下ろす。
「あ、」
「?」
と、気が付いた様に声を上げた紅は若の口元へ手を伸ばした。
「ご飯つぶ」
「ん」
彼女の指先が摘み取ったご飯粒を、若は器用に食べてしまう。
「な…!」
「…ひと粒だってもったいねーだろ?」
ニヤリと笑って、更に続ける。
「そういや、してもらってなかったな」
…何を?問い返すと、さも当然の様な口調で返された。
「この前みんなでリアラの弁当食った時に、あーん、ってしてただろ?」
「…へ?」
「俺にもしてくれんだよな?」
若の満面の笑みに紅は動きを止めた。思い返せばリアラにしてもらっていた気がするが、どうしてそれが若にする理由になるのかが分からない。
「そ、そりゃあしてもらうのは好きだけど…っむぐ!?」
喋っている途中で、若の手に握られた二個目のおにぎりで口を塞がれる。
「ほら、あーん」
言い返すために口の中のものを急いで咀嚼して飲み込み顔を上げたものの、目の前では瞳を輝かせた笑みが待ち構えていて。
「…はい!あーん!」
半ばやけくそになって、持っていたフォークで唐揚げを勢い良く刺して差し出した。大きく開いた口が唐揚げを丸ごと攫っていく。
「………さんきゅ」
幸せそうに笑った彼の笑顔はとても美しい。嬉しくて、紅も蕩ける様な笑みを返した。
「そういや、リアラはどうしたんだ?」
二人で談笑していると不意に若が訊いてくる。
「リアラは保健室でお昼食べるんだって。この前おっさんに怒ってたでしょ?そろそろ許してあげたらって言ったら、仲直りにお弁当持って行くってさ」
今頃は仲良くお弁当を食べているんじゃないだろうか。
「ふーん、もう仲直りしたのか…おっさんの落ち込みっぷり笑えたのに」
「もう存分に笑ってたじゃん」
「まあな。…なあ、また俺に弁当作ってくれよ」
「えー」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど…。早起きできたらね!」
「おう。楽しみにしてる」
そんな会話をしながら笑い合った二人は、穏やかなランチを楽しむ。空では太陽が登りきって、二人の背中を暖かく優しく包み込んだのだった。