▼ lunch war 前
「リアラさん、お願いします!」
(またか…)
一人の男子生徒に深々と頭を下げられ、リアラは深いため息をつく。
木曜日の昼休み、3−Dの教室にて。
なぜ、彼女がこんな深いため息をついているかというと。
「あの、昨日も言ったけど、私作る気ないから」
「そんなこと言わないでくださいよ!みんな、リアラさんの手作り弁当に憧れてるんですよ!一回くらい、作ってもらえませんか!?」
そう、このやりとりが原因である。
今週に入ってからであろうか、月曜日の昼休み、教室で紅と一緒にお昼を食べていたリアラの元に、一人の男子生徒がやって来た。よく見ると、男子生徒の右腕には若が捕らえられている。
「若、どうしたの?」
「その…ワリィ…」
男子生徒に捕まったまま両手を合わせて謝る若に、リアラは首を傾げる。
「リアラさん」
「あ、はい」
若を捕らえている男子生徒に話しかけられ、リアラは返事をする。
「こいつから聞いたんですけど、リアラさんって弁当手作りして持ってきてるんですか?」
「え、ええ…」
困惑しながらリアラが頷くと、男子生徒は後ろを振り返り、言った。
「聞いたか、今の!リアラさん、弁当手作りして持ってきてるんだってよ!」
男子生徒が振り返った先には何人かの男子生徒のグループがいたらしく、おお、と歓声が上がる。
グループになっていた男子生徒達がリアラの元にやってきて、彼女を囲むように弁当を覗き見る。
「うっわ、すっげーうまそう!」
「色合い綺麗だなー」
「この唐揚げとかうまそうじゃん!」
「あ、あの…」
困ると同時に異性に囲まれて怖くなり、半ば涙目になってくるリアラ。
「ちょっと、リアラ怖がってるじゃん」
止めなよ、と向かいにいた紅は男子生徒達の視線から守るようにリアラの頭をぎゅっと抱きしめる。
だが、興奮して聞いていないのか、男子生徒達は口々にリアラに話しかける。
「ねえねえリアラさん、これ、毎日作ってるの?」
「う、うん…」
「すごいなあ、リアラさん料理上手いんだ」
「そ、それほどでもないけど…」
男子生徒達の言葉に律義に答えるリアラ。
そんな中、一人の男子生徒が驚きの一言を発した。
「俺、リアラさんの手作り弁当食べてみたいなあ」
「…え?」
ピシリ、と音が聞こえるかのようにリアラが固まる。傍にいた紅も、思わず目を見開く。
「ね、一回でいいから作ってくれない?」
「え、でも…」
「いいじゃん、ダンテにはやってるんでしょ?」
確かに、若にはお昼の時に何回かおかずをあげたことがある。だが、それは若だけではなく、紅や(時々だが)バージル−つまりはいつもお昼を一緒に食べる、親しい友人にしかしていない。まずそれ以前に、なぜ(正直)親しくもないただのクラスメイトにお弁当を作らねばならないのか。
さすがに嫌になってきて、リアラは顔をしかめた。
「嫌」
はっきりと拒否されるとは思わず、頼んだ男子生徒は目を見開く。それと同時に、最初に来た男子生徒に捕まっていた若が力ずくで男子生徒の腕から逃れ、今だ目を見開いたままの男子生徒を鋭い目付きで睨んだ。
「お前、それは無理矢理すぎるんじゃねえのか」
「う…」
若の視線に言葉に詰まった男子生徒は、仕方がなしにその場から離れていった。それを見ていた他の男子生徒達もその場から離れていく。
やっと静かになった場で、若がリアラの方を振り返り、申し訳なさそうに言った。
「悪い、リアラ、大丈夫か?」
「うん…」
「全く…何なんだよ、あいつ等」
最悪、と呟く紅に、若が答えるように言った。
「リアラに無理矢理弁当頼んできた奴な、あいつ、かなりチャラい奴で気に入らねえから、普段はつるまねぇんだよ」
「そうなんだ…」
確かに、口調からしてかなりチャラそうだ。自分の嫌いなタイプだ。
「昼休みに入ってさっきのグループで話してた時にたまたま弁当の話になってな、そうしたらあいつが話に入ってきたんだよ」
あの男子生徒は開口一番、若に「お前、紅ちゃんとリアラちゃんと一緒に飯食ってんだって?」と言ってきた。親しい二人(特に恋人である紅)をなれなれしく『ちゃん』付けで呼ぶものだから、気分を悪くした若は顔も見ずに「だから何だよ」と言った。するとその男子生徒が「リアラちゃんって、弁当手作りしてるの?」と尋ねてきて、次々とすごい勢いで聞いてくるものだから、勢いに押され、若は口を開くしかなかった。
「で、どんどん話が進んじまって、グループの内の一人がその勢いに乗って『本人に直接聞いてみようぜ!』ってなって、俺が捕まえられて、お前等のところまで引き摺られてきたってわけだ」
「そうだったんだ…」
「本当にごめんな、リアラ」
「ううん、若が悪いわけじゃないからいいよ」
ふるふると首を降り、助けてくれてありがとう、とリアラは礼を述べる。
それにおう、と答えて笑い、若は背伸びをした。
「あー、時間だいぶ減っちまったな。何も食ってないから腹減ったわ」
「よかったら、唐揚げ食べる?」
「いいのか?」
「うん」
「あー若ばっかりずるい、あたしも!」
「はいはい」
ようやく親しい友人のいる温かな空気に包まれ、リアラはほっと一息ついたのだった。
だが、その日から昼休みに入れ替わり立ち替わり男子生徒が来るようになり、今回で4回目となっていた。
(もういい加減にしてほしい…)
こんなやりとりが何回も続き、うんざりしてきたリアラが心の中で呟いた時、男子生徒の隣りにもう一人の男子生徒がやって来た。
「ほら、こんなに頼んでるんだからさ、作ってあげなよ、リアラさん」
来たのは、(リアラが思うに)この原因を作った本人だ。
リアラは顔をしかめる。
「あなたには関係ないでしょ」
「そんなことないよ、俺だってリアラさんの作ったお弁当食べたいし」
なあ?と男子生徒が後ろを振り向くと、こちらの様子を見守っていた男子生徒達がうんうんと頷く。
「なあ、作ってくれよリアラさーん」
「一回だけだからさー」
口々に言う男子生徒達に、ついにリアラの堪忍袋の緒が切れた。
「うるさい!」
ガタンッ、と音を立てて立ち上がり、リアラは男子生徒達を睨む。
向かいにいた紅は目を見開いた後、あちゃー…と額に手を当てる。滅多に怒らないリアラを怒らせたのだ。これはただじゃ済まない。
リアラの剣幕に怯えた男子生徒達が一歩後退る。
リアラはこの元凶である男子生徒に視線を移し、口を開いた。
「いいわ、作ってあげる」
男子生徒は目を見開き、嬉しそうに言う。
「本当かい!?」
「ただし、」
釘を刺すように強調し、リアラは告げる。
「私に勝負で勝ったら、よ」
「勝負?」
首を傾げる男子生徒にリアラは続ける。
「今日の5時間目は体育だったわね」
「あ、ああ」
「なら、その時間にあんた達と私で勝負よ。勝負は陣地取りゲーム。円状に線の引かれた陣地の中から私を引き摺り出せればそっちの勝ち。一日一人、お弁当を作ってあげるわ。ただし、」
ビシッ!と男子生徒を指差し、リアラは声を低くする。
「負けたら、今後一切私に近づくな、ナンパ男」
元凶の男子生徒に空気の凍りそうなほど冷たい視線を向けたリアラに、教室がしん…と静まり返る。
その時、あることに気づいた紅が声を上げた。
「ち、ちょっと待った、リアラ!あんた達と私って、男子生徒全員を一人で相手するつもり!?」
「そうだけど」
あっさりと言い放ったリアラに、紅は唖然とする。
(いや、確かにリアラは強いけど、さすがに男子全員相手じゃ…!)
自分達のクラスは30人、その内男子は16人、女子は14人だ。男子生徒全員となると、16人も相手をしなければいけなくなる。
だが、勝負を持ちかけるほど、リアラは気分が悪いのだろう。自分のしたくないことを強要されているのだから。
なら、と紅はある決意をすると、大きな声で宣言した。
「私もその勝負に参加する!もちろんリアラ側ね!」
「紅?」
自分を守るようにぎゅうっと抱き締める紅に、リアラは目を瞬かせる。
そこへ、紅のいる反対側の肩に、ぽん、と誰かの手が置かれた。
「じゃあ、俺もこっちな」
「若!」
いつの間に、とリアラが言うと、若がこっちを見て答える。
「飯買った後に教室に入ろうとしたら、お前の怒鳴り声が聞こえたんでな」
そう言う若の声に被せるように、別の声が響く。
「なら、俺も参加しよう」
もちろんこちら側だ、と言って現れた人物に、リアラは目を見開く。
「バージル!」
「珍しいな、オニーチャンもやるのか?」
「そいつ等の馬鹿らしい行為に呆れただけだ。それに、こちらについた方がゲームとしてはおもしろいだろう?」
「バージル…」
バージルのさりげない優しさが嬉しくて、リアラは笑みを浮かべる。
「よっしゃ、じゃあ一丁やってやるか!」
「おー!」
「うん!」
こうして、3−D最強チームが結成されたのだった。