コラボ小説 | ナノ
 tender warmth

「…ああ。じゃあまた明日」


電話を終えた髭は一つため息をつく。
病院で若と紅の二人と別れた後、髭はリアラを連れて自宅であるアパートに帰ってきた。始めはあの二人と同じく寮まで送り届けてやるつもりだったのだが、リアラが心細そうに自分を見つめてきたため、今夜は一緒にいてやろうと決めたのだ。
アパートに着くと、いつからそこにいたのか、二代目と初代が駐車場で待っていた。どうやら、夕方に俺が慌ただしく出ていくのを見た二代目が何かあったと悟ったらしい。二人は俺とリアラに近寄ると、俺に事の経緯を聞いてきた。俺は先程あった出来事を簡単に説明し、今日はもう遅いから後日また詳しく説明するということで、二人と別れ、リアラと一緒に自室に入った。
リアラが病院で借りた患者用の服を着替えたいというので、たまたま彼女が紅との買い物で買っていた服に、俺の七分丈のブイネックのセーターを貸してやった。今は寝室で着替え中だ。
リアラが着替え中で時間ができたため、俺は二代目に電話をかけ、二代目に先程話したことをさらに詳しく説明した。電話を切る直前、二代目は『明日、学校に遅れないようにな』と言った。おそらく、学校に遅刻しない程度、時間ギリギリまで一緒にいてやれ、ということだろう。二代目の気遣いに心の中で礼を言う。
俺が携帯を閉じたちょうどその時、リアラが寝室から顔を覗かせた。


「着替えたか?」

「ん、」


こくりと頷き、リアラは髭の傍にやってくる。碧色の長袖に、髭から借りた薄手の黒い七分丈のブイネックのセーターを着ているが、男物の、ましてや体格のいい髭の服を着ているため、七分丈のはずの袖は彼女の腕を手首まですっぽりと覆ってしまい、裾は膝上まできている。まるでワンピースのようだ。


「遅かったな」

「ちょっと紅にメールしてて…」


髭の座るソファに自分も座り、リアラは答える。
まだ自分のことを心配しているであろう紅に、『大丈夫だから心配しないで』と、それと、『想いが通じあってよかったね』とお祝いの気持ちを込めて。もう夜も遅いし寝てしまっているだろうが、明日見てくれればいい。
病院での出来事を思い出して、リアラは嬉しそうに笑う。


「二人の想いが通じあってよかった」

「確かにそれはいいことだが、あのまま放っておいたらあの二人、ずっとイチャイチャしてたぞ」


特に若が、と言う髭に、確かに、とリアラはくすくすと笑う。


「でも、その気持ちわかるな」


ダンテさんもわかるでしょ?、と首を傾げて尋ねられ、髭はくすりと笑みを漏らす。


「まあな」


今目の前にいる彼女と想いが通じあうまで、どれだけの回り道をしてきただろう。一度は諦めかけたこともあったが、想いを持ち続けていたことで、今こうして一緒にいられる。
髭はリアラの背中に腕を回すと、背中の傷に障らないようにぎゅっと抱きしめる。


「まだ痛むか?」

「動けば、少し…」


苦笑を漏らすリアラに、髭は顔を歪めて懺悔するように呟いた。


「…すまない」

「…ダンテさん?」

「俺が、もっと早くにあそこに着いていたら…」


今回の件で責めるべきは、庇われた紅でも、庇ったリアラでもない。愛しい者を守りきれなかった、自分だ。
自分の目の届く範囲にいなかったとしても、彼女を危険から守ってやらねばならなかったのに。もう少し早く着いていたなら、彼女が傷つくことはなかったのに。
自分の肩に顔を埋め、抱きしめる力を強めた髭に、リアラは優しく声をかけた。


「…ダンテさん」


左手を伸ばし、彼の頭に触れる。


「私、ダンテさんを恨んでるなんて言いました?」


宥めるように頭を撫でて、リアラは続ける。


「私、すごく安心したんですよ。ダンテさんが助けに来てくれて」

「リアラ…」

「今回は傍にいなかったんだし、私も無茶して心配させたんだから、ダンテさんが謝る必要はありません」


顔を上げた髭の頬を両手で包んで、リアラは目の前にある碧い目をまっすぐ見つめる。


「だから、笑ってください。私、ダンテさんの笑ってる顔が好きなんです」


次々に溢れる気持ちを、リアラは素直に言葉にしていく。


「笑ってる顔だけじゃない。いつも気遣ってくれる優しさも、頭を撫でてくれる温かい手も、気持ちを落ち着かせてくれる声も、青空みたいに澄んだ目も」


みんな、みんな大好き。
リアラの告白に髭は目を見開くと、目を細めて優しい笑みを浮かべる。


「やけに今日は言葉にしてくれるんだな」

「言わなきゃ伝わらないこともありますから」


脳裏に、病室で若に言った言葉がよぎる。
『伝えたいことは、伝えた方がいいよ』
あれは、若だけじゃない。自分にだって当てはまる言葉だ。あの曲だって。
あの後、すぐ言葉にして気持ちを伝えたんであろう若の行動力を見習って、今日は自分も素直に言葉にしよう。そう決めたから。
髭はリアラの両手をやんわりと下ろし、今度は自分の右手を彼女の頬に添えながら口を開いた。


「…俺も、お前の笑顔が好きだ」


リアラに笑いかけ、髭は続ける。


「…お前は俺と会わなかった十年間で自分が変わっちまったと思ってるみたいだが、変わってないところもあるんだぜ?」


そう言い、髭はリアラの頬を撫でる。


「自分よりも他人のことを心配する性格や、気持ちが滲み出る声や目…そこんところは、全く変わってない」


現に今も自分を見つめる彼女の目は、深い海のような、宵闇のような冷たく感じる瑠璃色のはずなのに、その目の奥には優しい感情が滲み出ている。


「それにな…変わったからこそ、いいところだって増えただろ?」


回りの子よりは少し低めの、それでいて穏やかな心を落ち着かせてくれる声、大人びた穏やかな笑み、綺麗になった容姿。


「変わったところも、変わらないところも全部引っ括めて、お前が好きだ」

「ダンテさん…」


少し震えを含んだ声で自分の名を呼んだリアラに、髭は顔を近づける。
その意図を読んだリアラは、す、と瞼を閉じる。自分の瞳と同じ色の睫毛を間近に見ながら、髭はリアラの唇に自分の唇を重ねた。


「………」


しばらくの間、想いを伝えるように口づけて、音もなくそっと唇を離す。
向かいにある彼女の顔を見やると、いつもは顔を赤く染める彼女が、幸せそうな顔をして自分を見つめていた。その顔を見た瞬間に愛しさが湧き上がり、再び彼女をぎゅっと抱きしめる。


「好きだ、リアラ…」

「私もです、ダンテさん…」


お互いの額を合わせて穏やかな笑みを浮かべると、髭は立ち上がり、リアラを抱え上げる。


「明日学校だしな、そろそろ寝るか、お姫様?」

「…ん」


髭の言葉にリアラは素直に頷き、髭の首に腕を回して胸元に頬をくっつける。触れている頬と耳に、彼の心臓の鼓動が伝わってくる。
とくん、とくんと穏やかに響く落ち着く音に、リアラは目を閉じ、心の中で小さく呟いた。


(大好き…ダンテさん)


寝室の扉が、小さく音を立てて閉まった。