コラボ小説 | ナノ
 true feelings

「っあ、」


コーラの缶が手から滑り落ちる。ゴトン。足元に落下したそれを紅は慌てて拾い上げた。


「…あーあ…コーラ落としちゃった」


横から髭が声を掛ける。


「大丈夫か?」

「ん。大丈夫!これは若に渡すから安心して」


紅は悪戯を企む様に笑う。けれど髭は小さく鼻を鳴らして肩を竦めた。


「…そうじゃない」


手を伸ばして紅の手を包み込む。大きな掌の中で、小さく華奢な彼女の指先は震えていた。懸命に震えを隠そうとしていたのだろうが、手に力が入らず缶を落としてしまったのだろう。


「っ、…バレ、てた…?」


困ったように眉尻を下げて、声を震わせる。


「ごめ…、あたし…ダメなんだ。こういうの…」

「………」


何も言わずただ暖める様にそっと両手を包み込んでやると、紅は堪える様に下唇を噛む。同時に瞳に涙を滲ませた。


「…我慢しなくて良い。ここには俺とお前しか居ないから」


優しく背を撫でれば、彼女はぐしゃりと顔を歪ませる。


「…っ、」


一筋、涙が頬に軌跡を作ると後から後から止めどなく溢れ、もう自分では制御出来なかった。抑えていた感情が溢れてくる。


「…ふ、ぅ、っく…!こっ、こわかった…っ!」


怖かった。恐ろしかった。
それは通り魔に向けた言葉でもない。自分に向けられたかもしれない刃に向けられたものでもない。


「リアラが…!居なくっ、なっちゃうんじゃないかって…っ!」


髭の腕の中でぐったりと横たわる彼女からは血の気が失せていて、もしかしたらこのまま目を覚まさないのではないかと不安に押し潰されそうだった。そんな未来を想像したら、心臓を氷水に晒された様に呼吸が止まった。


「あたし、がっ、守らなきゃって…おもっ、思ってた、のに…っ、」


逆に庇ってもらって、怪我をさせて。怖いとか悲しいとか悔しいとか、ぶつけようのない気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って、喉からは勝手に嗚咽が漏れる。


「………」


静かに紅の背を撫でていた髭は、フッと微笑んで自分の本音を零した。


「…うちのお姫様はただ守ってもらうような大人しいやつじゃないからなァ…。ちょっとはこっちの身にもなってほしいもんだ」


苦笑を零し肩を竦めてみせる。


「そこがリアラの良いところでもあるが…やっぱり怪我はして欲しくないよな」


今まで友達というものを知らなかった分、親友である紅を何がなんでも守ろうとする。自分を疎かにしてでも守り通そうとしてしまうのだろう。


「リアラがそうしたくて行動したんだ。自分を責めるな…紅」

「………」


髭の言葉に顔を上げた紅は、彼の瞳を見つめ返す。穏やかな表情ではあるが、碧い瞳のその奥は時々不安に揺れているようだった。当然だ。ベッドの上で眠る恋人の目覚めを一番に待っていたのは彼だろうから。


「ダンテも、怖かった?」


紅の問いに、髭は一度瞳を閉じて静かに応える。


「…ああ…怖かった」


責めもしないし怒りもしない。そういう彼女の性格も引っ括めて惚れ込んだのだ。しかし、失う恐怖だけはあまり味わいたいものではない。


「…そっか」


頷いて、服の袖で涙を拭った。再び顔を上げた紅は苦笑を返しておどけてみせる。


「おっさんも心配事が絶えないね」


もう大丈夫だから、と笑った。目の腫れが治まってから病室に帰ろうと、ソファに座って二人で他愛もない話をする。
リアラがやつれていた理由が自分の告白にあることを知った時の二代目の恐ろしさ、リアラと恋人になって始めていったデート、小さい頃のリアラについてなど、髭は身振り手振りを交えながら話す。
紅は時々驚いたり、笑ったりと髭の話に耳を傾ける。


「今だに軽くキスするだけでも赤くなるんだぜ?かわいいだろ?」

「あーはいはい、のろけ話は他所でやって」


苦笑混じりに返した紅は、髭の胸元でキラリと光るものに気づき、指差した。


「おっさん、それ…」

「ん?ああ、これか?」


紅の指差したものが何かに気づき、髭は胸元で光るそれを持ち上げる。
髭が持ち上げたのはネックレスだった。シルバーのプレートの右下に黒薔薇の彫刻が施されており、さらに端にはビーズくらいの大きさの赤い石がはめられている。


「リアラのブレスレットも薔薇ついてた…」


今朝、『Crazy Sound』で見たリアラの鞄についていたブレスレットを思い出し、紅は呟く。
ああ、と髭は頷く。


「あのブレスレットはあいつの誕生日に俺がプレゼントしたものだからな」

「おっさんが?」

「ああ」

「そっか…だからか…」


自分が綺麗だね、とブレスレットを指差した時の、リアラの表情がとても穏やかで柔らかかったのは。
髭に―恋人にもらったものだったから。大切な人からもらったプレゼントだったから。
髭が首を傾げる。


「だから?何がだ?」

「あたしがリアラのブレスレット見て、綺麗だねって言ったら、リアラ、すごく幸せそうな顔してたの。その理由が、やっとわかったなって」


紅が事情を説明すると、髭は目を見開いた後、そうか、と穏やかな笑みを浮かべた。そして手元のブレスレットをいじりながら、髭はゆっくりと話し始めた。


「あいつの誕生日の前の月は、俺の誕生日だろ?あいつと想いが通じてから初めての誕生日の時、このネックレスをもらったんだよ」

「そのネックレスを?リアラが?」

「ああ。『ダンテさんに似合うと思って』って、震える手で渡されてな」


あの時は、リアラに告白し返された日から一週間しか経っていなかったため、プレゼントをもらえるとは思っていなかった。彼女と一緒に過ごせれば、それでいいと。
そう思っていた自分に、リアラは一週間しか猶予がなかったというのに、プレゼントを用意していてくれていた。予想もしていなかったことに驚いたと共に、喜びと愛しさが込み上げてきて、思わず彼女を抱き締めたのは今でも鮮やかに思い出せる。


「後から聞いたら、あいつわざわざ隣町のシルバーアクセの専門店まで行ってこれを買った、って言ってたよ」

「隣町まで?電車でもけっこうかかるのに…」

「すごいよな。しかも、何を買うって決めてたわけじゃないのに、そこなら何かあると思ったから、って行ったらしい」


彼女からそれを聞いた時は、その行動力に驚いたものだ。だが、それが自分のためだと思うと、彼女の自分が好きだという気持ちが伝わってくるようで。


「だから、あいつの誕生日の時、俺も同じ店でプレゼントを探したんだ。いや、見つけた、と言った方が正しいかもな」


店に入ってすぐ、目についたのがあのブレスレットで。『似合う』と思ったのだ、直感で。
だから、誕生日にあのブレスレットを渡した時に嬉しそうに顔を綻ばせた彼女を見て、ああ、これにしてよかった、と思ったのだ。


「だから、これはただの『モノ』じゃない。あいつの『気持ち』なんだよ」


そう言い、ブレスレットを握りしめた髭を見て、紅は微笑む。


「…いいなぁ…あたしもいつかそういうの持ちたい」

「そう思うなら、早く彼氏作れよ?」

「うっさい」


余計なお世話だ、と続けた紅は、ふいに聞こえた足音に気づき、廊下へと視線を向ける。


「…あ、若」


紅の視線の先には此方に歩いて来る若の姿。


「リアラ、包帯替えるらしいから病室出てきた」


紅の隣にドカッと腰を下ろす。


「おっさん行ってやれよ。俺らはここで話してるから」

「後でまた病室に行くね」

「…そうだな。そうさせてもらう」


そろそろ包帯を替え終わった頃だろう。髭は立ち上がって踵を返し、愛しい恋人の元へ向かったのだった。