▼ insanity of the man
「はあっ、はあっ…」
「あいつ、まだ追ってくる…!」
もう何十分もの間、逃げ続けているのだろう。
息を切らしながら走る二人との距離を縮めようと、男も二人の後を走って追いかけてくる。
(交番のある道も過ぎちゃったし、この辺り、あまり知らないところだし…ますます悪い状況になってる…)
酸素が足りない頭で必死に考えをまとめるリアラ。
何とか知っている道に戻りたいが、後ろは男に塞がれて、戻ることができない。民家に入り、助けを求めたいが、少しでも走る速度を落とすと、即座にあいつに捕まるだろう。細い道に入って時間を稼ごうにも、周りに細い道が見当たらない。
そう考えている内に、目の前に壁が現れた。
(行き止まり…!)
二人は足を止める。逃げ場がなくなってしまった。
背後でザッ、と足音が響く。男が、こちらに追いついたのだ。
ゆらゆらとした足取りで、男が近づいてくる。
「やーっと捕まえた」
間延びした、しかし、こちらを嘲笑うような口調で男は言う。
「さんざん逃げてくれちゃって…。でも、もう逃げられないよ」
長い前髪から、ギラリと狂気を帯びた目が覗く。
じりじりと後退しながら、リアラは何とか口を開く。
「何で私達を追ってきたの…!?」
「何でって…」
さも当たり前のことのように、男は言ってのけた。
「目についたから」
男の言葉に、リアラは目を見開く。
「そんな理由で…!」
「そんな理由?俺には十分な理由さ」
そう言うと、男はぴっ、とリアラを指差した。
「君の髪、目立って一番目についたから」
だから標的(ターゲット)にしたんだ、と男は続ける。
「そうしたら、隣りにもう一人かわいい子がいたから、ついでにその子も標的(ターゲット)にしたんだ」
こんなかわいい子が二人もとはね、と嬉しそうに言う男。
リアラは目を見開き、動きを止める。
(…私の、せい…?)
私のこの水色の髪が目立ったせいで、この男に目をつけられて、追われるはめになって。一緒にいた紅まで、目をつけられて。
(私がいなかったら、追われることはなかった…?)
今日、私が遊びに行こうって誘わなかったら。私が紅の隣りにいなかったら。
紅は、こんな目に会わずに済んだ?
リアラが自責の念に捕らわれ始めた、その時。
「ふざけんなっ!」
聞き慣れた声が響いて、リアラが顔を上げた時には、隣りにいたはずの紅が男に華麗なドロップキックをくらわせていた。
「がっ…!」
予想外のことに反応できなかった男は、紅のドロップキックをもろにくらい、その場に膝をつく。
ふんっ、と鼻を鳴らし、腕組みをして、紅は男を見下ろす。
「聞いてればイライラすることばっかり言いやがって…!そんな理由であたし達に近づくな!」
行こ、リアラ!、そう言って紅がこちらを振り向いた時だった。
「…っ、このアマ…!」
ゆらりと立ち上がった男が、怒りを滲ませた声で呟き、上着のポケットに手を入れる。男が取り出したのは…。
「っ、紅!」
リアラの声に、紅は後ろを振り返る。男が、自分に向かって果物ナイフを振りかざしていた。
「…っ!」
とっさに両手をかざし、目を瞑った、次の瞬間。