コラボ小説 | ナノ
 おまけ「放課後、軽音部の部室で」

白くてほわほわした短毛は艶めいていて、長い耳は周囲の音を拾って時折ピクッと動く。最初にウサギ耳のキリエを見た瞬間、ネロの頭の中は真っ白になった。


「ネロ」


いつもの慈愛に満ちた微笑みを向けられ言葉を返さなければと思うものの、未だに混乱し続ける脳がなかなか言うべき言葉を見つけられない。
どうしてそんな姿になったのかとか、変な奴に絡まれたりしなかったかとか、落ち着いてからなら幾らでも浮かぶのに、その時は言葉にならない思考が洪水の様に押し寄せて来ていた。


「………」


無表情に見えて超スピードで展開されるネロの思考を少しばかり文字として表すと…


(キリエ超カワイイなんだこれメチャクチャ可愛いだろっていうか駄目だ俺以外の誰にも見せたくねえっつーかマジ似合い過ぎだ何でこんなに可愛いんだオイ)


…とまぁこんな感じで。結局彼の思考が行き着いた先はというと「結論、キリエはマジ天使」。


「…っ!」


あまりの可愛さに顔が真っ赤に染まって床に突っ伏して悶絶しそうになるが流石にプライドが許さず、自制を取り戻したネロは何とか言葉を捻り出した。


「…キリエは何でも似合うな」


口を突いて出た台詞にネロは内心頭を抱えた。もっと他に言い方とかあるだろ俺…!


「…ありがとう」


けれどキリエは少し恥ずかしげに笑って俯く。
つられて照れてしまったネロは、目を逸しつつ人差し指で自分の頬を掻いた。向かい合ったまま頬を染め合う二人の姿は正に若さ溢れる恋人の姿そのもので、外野からすればイチャイチャしている様にしか見えない。


「お前ら完全に俺の存在忘れてるよな…」

「あ?」

「え?」


ネロとキリエは頬杖をついてこちらを眺めている若の存在を思い出し顔を上げた。とある火曜日の放課後、軽音部の部室での出来事。


「若ぁー、居るー?」


と、気まずい雰囲気を打ち消す気の抜けた声が部室に響いた。


「紅」


良いところに来てくれた。マジで。


「あ、やっぱキリエもここに居たんだ?」


紅やリアラと同じく、ネロと仲の良いキリエも軽音部では無いが放課後はこの部室に来る事が多い。


「…ちょっと、他の場所には居づらくて…」


苦笑を零す彼女に、紅も同意して頷いた。現に彼女自身も常に視線を感じていたせいで疲労を感じている。


「リアラはどうしたんだ?」


ネロの問いにさっきの出来事を思い出し、


「…たぶん大丈夫」


それだけ答えるとネロとキリエは首を傾げ、若だけは察したらしく、ふーん、と返した。紅が傍まで来ると若の唇がニィ、と吊り上がる。


「こんだけ可愛けりゃ、あのおっさんも我慢出来ねーんじゃね?」

「にゃっ!?」


彼は素早く紅の背後に回りその腰に腕を回して後ろから抱きしめた。彼女にだけ聞こえるように耳元で囁くと、紅は猫の様な声を上げて肩を跳ねさせる。


「…感覚あるんだな、この耳」

「っあ、当たり前だろっ!」


顔を赤くした紅は若の腕からするりと抜け出て、キリエを盾にする様に隠れてしまう。聖母の如き神々しいまでの清純オーラを常に出しているキリエにだけは、なかなか手出し出来ない若であった。


「隠れるなんて卑怯だぞー」

「今の若は危なそうだから近付きたくない」

「ひでえな、おい」


まあ当たってんだけどな。そんな会話をしていると、キリエの背中にピッタリくっついていた紅が何かに気付いた。


「…キリエ、もしかして尻尾ある?」


パッと見ただけでは分からないが、僅かにスカートが浮いている。紅の指摘にキリエは小さく頷いた。


「うん…そうみたい…っきゃ!?」


肯定の言葉に、紅は我慢出来ずキリエのスカートを捲って覗き込んでいた。


「「!!?」」


流石の若も驚いて、ネロに至ってはチラッと見えてしまった可愛らしいものに呼吸が止まる。


「紅…っ?」


スカートを押さえ振り返ったキリエに、悪気も無く瞳を輝かせる紅。


「すげー…!!超カワイイ尻尾あった…!丸っこくて白くてホワホワでふわふわなやつ…!」


甚く感動したらしい彼女は満面の笑みを浮かべる。目の前のキリエに抱き付くと、腕を回してスカートの上から小さな尻尾を撫でた。


「丸くて小ちゃくて、いいな〜」

「あ、あの、恥ずかしいから…」

「キリエ柔らかくて可愛くて羨ましい〜」

「紅も可愛いでしょう?」


キリエによしよしと頭を撫でられ、紅は嬉しくなって口元が緩んだ。それを見ていた若とネロは小声で言葉を交わす。


「何で女同士ってあんなにくっつくの好きなんだろうな」

「っつーか紅が抱き付くの好きなんだろ…(マジ羨ましい)…」

「………」


ネロ、考えてる事ダダ漏れになってんぞ。声に出さずにツッコミを入れて視線を戻せば、未だに彼女たちは眼前で戯れている。実のところ紅がああなってから彼女を構いたくて仕方がなかった若は、あっさりと我慢の限界を迎えてしまった。


「今日はもう帰るぞ」

「え、ちょっと、若?」

「寮まで送ってやる」

「待ってってば!キリエ、ネロ、また明日ね!」


若は鞄を持ち紅の手を引いて部室を出て行く。引き摺られるようになりながらも紅は見送る二人に手を振った。


「…大丈夫か?アレ」

「彼が一緒なら大丈夫でしょう?」


不安げに呟いたネロはキリエの返しに微妙な顔になる。その「彼」が一番の危険人物だと思うけどな。


「キリエも帰るか?そんな格好じゃ学校に居るのも遊びに行くのも嫌だろ?」


問い掛けると、キリエは暫く思案してからそっとネロを窺い見た。


「…もう少しだけ、ここに居ていい?」


もう少しだけ、このまま二人で。


「…ああ」


キリエの言葉にネロは微笑んで、細くて華奢な手に優しく触れる。手を繋いで微笑み合った二人は、優しい時間に浸るのだった。

***

「…で?何で部屋の前までついて来るの?」

「たまにはいーだろ?ほら、鍵開けろ」


何故か寮の自室の前までついて来た若を訝しみつつも、紅は言われるがまま鍵を開けた。


「あたしの部屋何にもないけど…っ!?」


言いながら扉を閉めて振り返る。先に部屋に入った若は奥へ向かっているものだと思い込んでいた彼女は、振り向いたすぐ間近に若の顔があって思わず後ずさった。


「ちょっ、何…?」


驚いてドアに背を預けた紅を挟み込むように逞しい両腕が閉じ込め、あまりにも近い距離に怯えた彼女は逃れようと身を捩る。ドアに張り付くようにして若に背を向けると、彼は紅の両手首を押さえつけそのまま両手をドアに縫い止めてしまう。


「…あー、やっと触れる」

「わ、若…!」


いつもの若じゃないみたいな低い声が頭上から聞こえ、もう一度向き合おうとするが両手を押さえられたままで身動きが取れなかった。焦る紅の姿に口角を吊り上げて、目の前でピンと立った猫耳へ唇を寄せる。


「ん…」

「っ!?」


艶めいた漆黒の短毛へ口づければ、彼女はぴくりと肩を震わせた。生温かい吐息が敏感な耳を擽り、するすると降下していく唇はうなじへ辿り着くと軽く吸い付く。


「ひっ…!」


ぞわり、産毛が逆立って尻尾まで力が入った。


「…くくっ、顔赤いぞ」

「っ、やめろバカ…!」


頬を染めて横目に若を睨む。けれど紅の両手首を片手で封じた彼は、空いたもう一方の手で、不機嫌そうに揺れる尻尾をくるくると弄んだ。


「お前だってキリエに触りまくってただろ」

「お、女同士だからいいんだ!」

「俺だってずっとお前に触んのガマンしてたんだぜ?」

「なんで?」

「学校でやったら邪魔が入るだろ」


バージルとかリアラの制裁を受けるに決まってる。若の言葉に素直に納得した紅だったが、はたと今の状況を思い出して再び抵抗を試みた。


「もういいだろ!はーなーせー!」


唸って手に力を込めるものの、若の腕力に敵う筈も無い。


「足んねえ」

「やっ…!」


うなじを若の吐息が擽る。毛艶の良い尻尾を手に巻き付けたまま、肉付きの好い紅の太腿を撫で上げた。


「っんん…、ばかっ、どこ触って…!ひゃっ!?」


首まで赤く染め上げ恥ずかしがりながらも過敏に反応する彼女が可愛くて、若は手首を拘束していた手を離し、ふくよかな胸を鷲掴む。


「なっ…!ばっ、やめ…っ!」


少し強く握れば、むに、と指が沈みもう片方の手が太腿の内側を撫で回した。感度の良い耳へ何度もキスしながら若の両手が弾力のある身体を弄る。真っ赤になった紅は、背筋をぞくぞくした何かが這い上がるような、初めて味わう感覚に混乱しきっていた。


「や…!あ、ぅ…」

「やべえ…」


無意識に零れた若の小さな呟きに、我に返った紅は考えるより先に動いていた。


「…んの…!」


自由になった手でドアを押し開け、素早い動きで若の腕の中から逃れると背後に回り込む。


「っと、」


急に支えがなくなりふらついた若の背中へ、力の限りを出しきって渾身の蹴りを見舞った。


「どりゃあぁぁっ!!」

「おわっ!?」


的確に繰り出された蹴りによって若は部屋を追い出され、紅は勢い良く扉を閉める。ガチャン。施錠の音の直後には、ドア越しに混乱した紅の罵声が響いた。


「バカ若っ!変態っ!スケベー!」

「………」


それだけ叫んだ彼女はドタドタと足音を立てて部屋の奥へ駆けて行く。呆然と立ち尽くしていた若は、フラフラと歩いて通路の壁に寄りかかると口元を押さえた。


「…危なかった…」


一瞬、マジで理性飛んだ。あのまま紅が抵抗していなければどうなっていた事か。それはそれで嬉しいのだが、この距離感をそんな形で崩したくない彼は、紅の抵抗に感謝していた。


(後で謝んねえとな…)


鳩尾に一発…否、十発くらいは覚悟しておこう。息を吐いて自分を落ち着かせた若は、明日に思いを馳せながら帰宅したのだった。