コラボ小説 | ナノ
 animal panic! 後

「はあっ、はあっ…」


あの場から逃げ出して一時間。リアラは壁にもたれかかって、乱れた呼吸を整えていた。
調理室、図書室、女子トイレ、屋上…思いつく全ての隠れられそうなところに行ったが、運悪く、どこに行っても人がいて、自分(というより、耳と尻尾)を見てくる。
逃げに逃げて、最終的に行き着いたのは、保健室だった。髭はまだ戻ってきていないらしく、保健室はしん、と静まり返っていた。今はそれがありがたい。
ふらふらとした足取りでベッドへと向かうと、ベッド脇の棚へ鞄を置き、ぼすん、とベッドへ倒れこんだ。
ぎゅ、とシーツを掴み、顔を埋めるようにして息を吐く。


(疲れた…)


今になって精神的な疲れがどっと来て、意識を失うようにリアラは目を閉じた。

***

「はぁ…」


廊下を歩きながら、髭はため息をつく。
放課後、職員室に行ったら二代目がおらず、珍しいな、と思っているところに初代がやって来た。
初代に二代目がいない理由を尋ねると、彼はあー…と困ったように頭を掻きながら、二代目がアグナスのところに行っていていないこと、そして、なぜアグナスのところに行っているのか訳を話してくれた。
その理由を聞いた時、アグナスに殺意が湧いたとともに、動物耳と尻尾のついたリアラを見たいという好奇心が湧いた。
「たぶん、まだ教室にいる」という初代の言葉を頼りに3―Dの教室に向かうと、ちょうどリアラが紅と一緒に教室出てきたところだった。遠くからでよく見えないが、どうやら紅は猫耳、リアラは狼耳らしかった。
やがてリアラがこちらを見た。彼女は目を見開いて後退り、紅と一言二言交わして逃げてしまった。
慌てて俺は唖然とする紅の元に駆け寄り、どうしてリアラが逃げ出したのか尋ねたが、紅にもわからないようだった。
あれから一時間半、俺は彼女を探して回ったが、足の早い彼女だ、なかなか見つからない。
これ以上探しても見つかりそうにないので、諦めて持ち場である保健室へ 向かっているところだった。
頭をガシガシと掻きながら、俺は思う。


(何も逃げなくったっていいだろ…)


あんな怯えたような目でこちらを見て逃げられたら、さすがに俺だって傷つく。
はぁ、とため息をつき、俺は目の前の保健室の扉を開いた。

***

中に入ってすぐ、髭はベッド脇の棚に置かれた鞄に気づいた。


(あれは…)


近寄って確認してみる。
茶色い皮の鞄と、水色の弁当用の小さな鞄。間違いない、リアラのものだ。
その時、視界の端で何かがみじろいだ。


「ん…」


髭がベッドへと目をやると、そこには先程まで探していたリアラの姿があった。うつ伏せに寝ている彼女の頭の上には青みを帯びた白い狼耳、スカートからはふさふさの尻尾が覗いている。
何でここにいるんだ、とか何で逃げてたんだとか思うことはいろいろあるが、口元を押さえながら、髭は心の中で呟く。


(かわいいじゃねえか…)


何ていうか、あまりにも似合ってしまって、かわいいとしか言いようがない。好きな女ならなおさらだ。
何とか冷静を保ちつつ、髭は靴も脱がないでベッドに横になっているリアラの靴をそっと脱がし、ちゃんとベッドに寝かせるために、彼女を抱き上げる。
だが、その拍子で目を覚ましたのか、リアラがうっすらと目を開いた。


「ん…」


自分を包む温かさに目を覚ましたリアラは、ぼーっとした頭で目の前の相手を見つめる。やがて、目の前の相手が髭であることに気がつくと、リアラは目を見開いた。


「ダ、ダンテさん!?」


手足をばたつかせ始めたリアラに思わずむっとした髭は、彼女を少し乱暴にベッドに放り投げる。


「きゃっ!」


思わず悲鳴をあげ、急いで上半身を起こしたリアラの手首を髭は素早く押さえつける。


「っ…!」

「何で逃げた」


鋭いながらも、わずかに傷ついたような目で自分を見てくる髭に、リアラは息を飲む。
手首を押さえつける力を強めて、髭はもう一度リアラに同じ質問をぶつける。


「何で逃げた?」

「…っ、だって、だって…」


顔を歪めて俯き、途切れ途切れながらもリアラは口を開いた。


「恥ずかしくて…」

「…二代目や初代には見せたのにか?」


髭の言葉に、リアラは勢いよく顔を上げる。


「…っ、あの時は恥ずかしさに頭が混乱してて…!」

「今はしてないのか?」

「……」


こくり、とリアラは頷く。そして、消えそうな声で呟いた。


「ただ…」

「ん?」


髭が首を傾げる。俯き、リアラは続ける。


「ただ…好きな人に見られるのが、一番恥ずかしくて…」


その言葉に、髭は目を見開く。


「そ、それに、この姿見たら、絶対ダンテさん、悪戯すると思って…!」


声を張り上げて言ったリアラの顔は真っ赤で、髭は思わず口元を手で抑える。


(何だこのかわいい生き物は…!)


自分に、好きな人に見られるのが一番恥ずかしくて逃げていたなんて。
そんな理由を聞かされてしまったら、怒りも嫉妬もどこかへいってしまうではないか。
先程とは違う感情に幸せを感じると同時に、ふいに悪戯心が湧き上がってきた。
動きを止めてしまった髭に、リアラは首を傾げる。


「ダンテさん…?」


呼ばれた髭が、顔を上げる。―まるで、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて。


「!」


その顔を見た瞬間、リアラの頭の中で警報が鳴り響き、急いで後退ろうとしたが、髭に左肩を掴まれ、逃げられない状態になる。
髭が顔を近づける。視界一杯に彼の美貌が映り、お互いの吐息が顔にかかる。
笑みを浮かべたまま、髭は口を開いた。


「悪戯って、こういうのか?」

「ひゃっ!?」


頭の上の狼耳に息がかかったかと思うと、髭が耳をぱくりと銜える。歯を使わず、唇だけであむあむと甘噛みする。


「んんっ、あ、う」


プルプルと震えるリアラに構わず、しばらく耳を甘噛みすると、髭はペロリと耳を舐め上げる。


「ひゃっ!?ダ、ダンテさん、ここ学校…!」


顔を真っ赤にして必死で訴えるリアラに、髭は意地悪な笑みを浮かべる。


「お前こそ、さっきから俺を『ダンテさん』って呼んでるけどな?」

「…っ!!!」


髭の言葉に、今さらながら恋人呼びしていた自分に気づき、リアラはさらに顔を赤く染める。
リアラが動きを止めたその隙に、髭は彼女のスカートから覗く尻尾を撫で上げる。
びくっとリアラの身体が反応し、耳と尻尾がぴんと立つ。


「ダ、ダンテさん…!」

「手触りいいな」


しばらく尻尾を撫でていると、力が入らなくなってきたのか、ぺたん、と尻尾がシーツの上に倒れた。
髭はそのまま指を滑らせ、スカートの中に手を入れる。尻尾の根本まで辿り着くと、自然な動作で尻を撫で上げた。
リアラが甘い吐息を漏らす。


「ん、ふぅ…。ダンテ、さ…」


潤んだ瞳で見上げられ、髭は息を飲む。


(そろそろ、ヤバいな…)


これ以上やると自制が利かなくなりそうだったため、髭はスカートの中から手を出す。
くてり、とリアラが髭の胸に寄りかかり、黒いシャツをぎゅっと握りしめた。


「も、もうダンテさんに、お弁当、作ってあげません…!」


目に涙を溜めて言うリアラに、髭は苦笑して彼女の頭を撫でてやる。


「悪かった、かわいくてつい…」

「……」


黙ってしまったリアラにさすがに罪悪感が生まれて、髭は懇願するように彼女に呼びかける。


「本当に悪かった…だから、許してくれ」

「…っ」


顎を持ち、上を向かされたリアラは、髭に目元に溜まった涙を口で掬いあげられ、目を見開く。
髭はぎゅっとリアラを抱きしめると、彼女の頭の上で呟く。


「この姿もかわいいが…やっぱり、普段のお前の方がかわいいからな」

「っ!」


髭の言葉にリアラは顔を赤く染める。
リアラの背中をポンポン、と優しく叩きながら、髭は宥めるように言う。


「すぐに戻れる。だから、心配するな」

「…うん」


甘えるように擦り寄ってきたリアラを優しく抱きしめながら、髭は口を開いた。


「…さて、あと一時間で門が閉まるな。そろそろ帰るか」


リアラから身体を離し、髭はベッドから立ち上がる。
リアラは髭を見上げ、首を傾げる。


「ダンテさん…?」

「寮まで送っていってやるよ」


その姿じゃ帰り辛いだろ、と言い、髭は白衣を脱ぎ、皮のジャケットに着替える。


「え、でも近いですし…」


いいですよ、と言う前に、髭が先に口を開く。


「いいから。どうせ、その姿じゃ飯も作る気にならないだろ。コンビニでも寄って、飯でも買ってから送ってやる」


ほら行くぞ、と言う髭に慌ててリアラは靴を履き、鞄を持つ。
髭に近寄ると、彼はリアラの頭にぽん、と手を置き、優しく微笑んだ。


「さっきのお詫びだ、デザートも買ってやる」


何がいい?と言う髭に、リアラは目を輝かせて答える。


「ミルクレープ!」

「お前、本当にそれが好きだな」


苦笑する髭に、リアラはえへへ、と照れたように笑う。
恋人の優しい気遣いに幸せを感じながら、リアラは髭と玄関へ続く廊下を歩いた。